三、人の出来ないことをやれ 祖父より
中学3年生になったときの出来事だ。家庭は貧乏だった。祖父母は、いつも生活を切り詰めながら、私と妹を大事に育ててくれた。2学期の冬休み前、担任の先生から「進学」か「就職」かを家の人とよく相談して先生に報告するように言われた。私は、家庭の事情から就職の道を選ぼうと覚悟していた。そのことを祖父に話した。
「正夫。とても大事な話だから、この際、おじいさんとよく話し合おう」
と2階のテーブルで向かい合った。祖父が切り出した。
「正夫。早いもんやなぁ。あと一学期で中学校卒業やな。中学生活は楽しかったか?」
「うん。おじいちゃん、楽しかった。友達も沢山出来たし。あとは、卒業後どうするかを決めなさいと先生から言われたよ」
「そうやな。おじいさんも気にしていたんや。実はな、お前を何とか昼の高校に行かせたいと思っていたんやけど。言いにくいことやけど、今、おばちゃん達が一生懸命働いてくれている。でもな、二人のお給料では、食べていくのに精一杯や。ゆとりのない生活が続いているんや。おじいさん。悔しくてな。お前にすまないと思っているんや」
「おじいちゃん。そんなことボクよう分かっている。ボクな。電気を教えてくれる昼の高校に行きたいと思っていたんやけど、家の事情もよく分かっているし、これまで、おじいちゃんとおばあちゃんに育てて貰ったもん。お世話になったやん。ボク。高校行くのやめて就職して家計を助けるつもりなんや」
と言った。
「正夫。ありがとう。よう言ってくれた。すまんなぁ。でもな、これからの時代は、高校を出ておかないと良い会社に入れない時代になると思う。だから、しんどいと思うけれど昼働いて夜学校に行く定時制高校というのがあるんや。お前ならきっとやってくれると思う。昼は、3年間やけど、夜は4年間行くことになる。大変やけど、昼働いて夜学ぶ。定時制高校に挑戦してみてはどうだろう。
もちろん就職先の会社の理解があっての話やけど。人がやってない。人の出来ないことをやることが、社会に出た時、きっと役に立つと思う。正夫。お前ならやり遂げられる。そうしたらいい」
と言ってくれた。
「おじいちゃんありがとう。仕事をしながら勉強するのは、とても大変なことやと思うけれど。ボク、勉強も好きやからやってみるわ。明日、先生とよく相談してみる」
と明るく返事をした。