【前回の記事を読む】「人は、不幸せになるために生まれてきたのではありません。」
一、前を向いてめげずに生きろ
私は、直ぐに母を追いかけた。母の着物の裾を握った。
「お母さん。行かないで! 行かんといて! お母さん!」
と泣きながら必死になって懇願した。しかし、母は、一言も言わずに私を振り払い、顧みもせずに去って行った。地面にうつ伏せに倒れた。小さくなっていく母の姿を睨み付け、
「お母さん。何で! 何で! 行くの?」
と拳を握りしめ地面を何度も何度も叩きつけて泣き伏していた。悲しかった。辛かった。涙が止めどなく溢れ出ていた。
そこへ、おばあさんが駆けつけてくれた。
「正夫。怪我はないか? 大丈夫か? おばあちゃんと一緒に、取りあえずおうちに帰ろ」
と優しく抱き起こしてくれた。汚れた学生服の泥を手で叩き落としてくれた。自宅に戻った。私は、悔しくて絶句しながら呆然と玄関先に座っていた。祖父が
「正夫。お前のお母さんは、家を出て行ったが、近い内に、きっと、また、この家に戻ってくると思うよ。それまで、おじいさんとおばあさんと、おばちゃん達と一緒に暮らそう。わし等はお前の味方だよ。とても悲しくて辛いことや。でもな、正夫。それに負けたらあかんのや。前を向いてめげずに一緒に生きていこう。今は思い切り泣きなさい」
と優しく励ましの言葉をかけてくれた。
その言葉を聞いて「おじいちゃぁん……」と大声で泣いて祖父に抱きついた。
祖父は、泣き止むまで背中を擦ってくれていた。祖父もなだめるのがとても辛かったと思う。そして、2階の勉強机に座り暫く泣いていた。私は、私と妹を捨てた母親を絶対に許すことは出来なかった。そして憎んだ。
「ボクには、もうお母さんなんかいないんだ。死んだと思えばいいんだ」
と強く思い自分を慰めていた。そして、極力、母の存在を忘却するように徹した。そして、心から寄り添ってくれる本当の優しさを持った祖父母をボクの両親だと思って、これから、生きていこうと決心した。母との離別は、私の人生で忘れることの出来ない悲しい鮮烈な出来事であった。
その後、母は、音信不通となり所在が分からなくなった。養育費の仕送りもなく、叔母二人の収入で暮らすことになった。家計は、より苦しくなっていった。