【前回の記事を読む】【小説】手に残る冷たい感触…少女を絶望させた「ラット訓練」

訓練

「来ますかね」

運転席に座る若い男は、後部座席の恵比寿顔に話しかけた。

「彼女は、あの能力を持つ人間としては、繊細過ぎるのです。……あの能力をコントロールするためには、彼女自身の強い意志が必要です」

車中に再び沈黙が訪れた。

「……しかし、我々には彼女の能力が必要なのです……」      

恵比寿顔の男の声が、運転席に届いたかは判らない。運転席の男が発した言葉は、後部座席からの言葉の回答にはなっていなかった。

「来ました」

何時もの時刻。何時もの場所に恭子は現れた。

訓練は続いた。恭子が訓練を続ける気になったのは、普通の生活を望んだからだ。誰にも触れない生活を送ると決めたとして、それは可能なのか。手袋をして人に触れないと決めていても、これまでに二度、人に触れている。今後そのような事態に陥らないとは限らない。

それに途中で訓練を()めれば、これまで奪った命に対して申し訳ない気がした。後戻りはできない。それが恭子が出した結論だった。

しかし、訓練を続けても結果はなかなか出なかった。ラットの命を奪うまでの時間は多少長くなっていった。それはラットに対しての慣れが大きな要因だろう。死に対する慣れと言ってもいい。医学部の学生が、ラットの実験や動物の解剖に慣れるのと同じだ。しかし肝心の、生体エネルギーを吸い取る事を自分の意思でストップさせるという事は、なかなか出来なかった。

ある日、恭子は何時もの部屋と違う部屋に連れて行かれた。一度見た事のある扉だ。身体が硬直し、背筋に悪寒が走るのを感じた。恵比寿顔がドアの横にある操作盤のキーを叩く。扉は音も無く横にスライドした。

「さ、入って下さい」

硬直している恭子を、室内へと促す。恭子は恐る恐る部屋に入った。照明らしき物が無いのに、白一色の部屋。中央には台があり、人が横たわっている。何をさせられるのか悟った。恵比寿顔の方へ振り向き、

「……待って下さい。まだ、私、コントロールが出来ていません!」

恭子は訴えた。その肩に恵比寿顔の手が伸び、とん、と押した。

「キャッ」

恭子はバランスを崩した。

体勢を立て直そうと後ろへ引いた足が何かに(さえぎ)られ、完全に重心を崩される。()けてしまう、と、思った瞬間、腰は途中で止まった。いつの間にか後ろに椅子が移動してきており、恭子はその椅子に座っていた。驚き左右を見渡していると、椅子から何かが伸びてきて身体に巻き付いた。カチッという音と共に動きを止めたそれは、金属製の拘束具だった。

恭子の手足、そして腰は拘束具で固定された。

「何をするの!?」

恵比寿顔を睨む。恵比寿顔は恭子を見下ろし言った。

「これからは、少し強引にやらせて貰います」

恵比寿顔の細い目が笑っていないのが判る。恵比寿顔は振り返ると、部屋の一角に向かって手を上げた。