【前回の記事を読む】【小説】「私よ!私が判らないの?」少女の決意が揺らぐ理由

第一章 死神

「使えねぇ」

ぐったりとなった弟に唾を吐き、男は近づいて来た。

少女は思った。力が欲しい。こいつら全員を殺す力が。二度までも肉親の命を虫けらのように奪った奴等を殺すために。

せめて銃をこの手に戻せたら。しかし、自分に覆い被さる男は絶命したのか、重くて動かせない。ボスの男は真顔で自分に近づいて来る。もう一人の男もボスの横に並んだ。男達は少女の脇で立ち止まる。ゆっくりと自分の額に向けられる銃口を少女は見つめていた。

少女はギュッと目をつぶった。

――その時。

「……待て」

澄んだ声が部屋に響き渡った。

男達は背後からの声に振り向いた。

しかしそこには誰もいなかった。見渡しても人影は見当たらない。二人の男は並んだままで動きが止まった。

静かな時間が過ぎる。

突如ボスの肩に、仲間の男が体重を預けてきた。

「邪魔だ!」

振り払うと、子分の身体は脱力したように滑り落ちてゆき、頭蓋骨が床にぶつかって派手な音を立てた。

(なに……?)

ボスは床に転がる子分を見つめた。外傷は無い。しかし瞳孔が開いている。どう見ても死んでいるのは間違い無い。

男は頭を高速回転させるが、子分が攻撃された事象は思い当たらない。一体何が起こった……?

その時背後で音がした。すぐに振り向くとそこに少女の姿は無く、のし掛かっていた男の死体だけが転がっていた。

男は恐怖に支配された。姿の見えぬ「何か」がいる。

薄暗い部屋の中で死体に囲まれ、男は生まれて初めて死が迫って来る恐怖を味わっていた。

耳元で風を切る音がした。

視界の端に黒い影が。

それは脇を通り過ぎ、目の前で止まって姿を現した。

男の視線の先には一人の女が――。

黒く長い髪に黒いタンクトップ。ダーク色の迷彩服に黒いミリタリーブーツを履いている。

服装から兵士と思われる。しかし、その体躯(たいく)は鍛えられた者には見えない。戦場には不釣り合いなスリムな体型だ。

黒い髪と黒い瞳。東洋人らしい。

東洋人特有のモノなのか、表情から感情が読み取れない。