【前回の記事を読む】「触れたい」夕暮れの海辺で、二人の思いは確信に変わるが…

KANAU―叶う―

車の方へ歩き出す日向の少し後を、望風は歩いた。服で隠された綺麗な後ろ姿に、望風の心臓のあたりが、ずんっと突き上げられるような身震いを感じた。左手をスーツのポケットにいれて歩く日向の後を、ずっとついていきたいと思った。日向の顔は、悔しげだった。

望風のことを大切に想う分だけ、望風の未来も大切に想う。望風は、高校生だ。それも、デビューを控えた逸材だ。好きになってはいけない。望風のデビューを成功させることが、自分の仕事だ。顔つきが仕事の顔に戻る。

黒のSUVの助手席のドアを開けて、日向は望風をエスコートした。エンジンをかけると、望風の歌声が流れだした。日向は、少し照れながら、

「毎日きいてるよ」

と笑った。

「どんだけ好きなんだよ」

と、日向は照れ隠しのように言って、また笑った。日向は、このままだと望風に好きだと言ってしまいそうで、慌てて切り出した。

「もかちゃん」

と言いながら車を発進させた。

「夢標のことなんだけど」

「はい」

「実は、ドラマの主題歌の話がきていてね。大抜擢なんだ。プロデューサーも君たちをかってくれている。後で原作を渡すから、夢標を見直してみてくれないか。もっといい曲になると思うよ」

日向の言葉に、望風は、どん底へ突き落とされた。はっと我に返って、現実へ戻ってきたようだった。そうか、このことが言いたかっただけなんだ。勝手に浮かれていた自分が恥ずかしくなった。こんな年上のイケメン社長が、私なんて相手にするわけがない。望風は、そう自分を卑下した。早く家に帰って、奏多でのひとときを忘れたかった。

「わかりました。やってみます」

望風は、返事した。望風の家の近くで車が止まった。日向が車から降りて、助手席のドアを開ける。

「おくっていただいてありがとうございました」

「これ傘のお礼。ともみさんがさ、望風ちゃん甘いの大好きだからって」

日向が紙袋を望風に手渡す。目を、合わせたくなかったけれど、御礼はちゃんと言わなきゃと思って、

「すみません。なんかかえって……。夢標やってみますね」

誓うように目で訴えて、お辞儀を深々とした。望風は、家まで走った。走り去る望風の後姿を、日向はさみしげな顔で見送った。運転席に乗ってハンドルに顔をうずめた。

夢標

詩 望風

ずっと憧れてきた恋の景色は

ほんとはハードルだらけで

遠すぎるあなたが

見えなくなった

でもあきらめることなんかできない

ただ そばにいたいだけ

未来をともにしたいだけ

だから 進もうと決めた

走っても走っても

道は果てしなく続く

野花をつみながら 集めたブーケ

胸に抱いて

夜になると 不安で

少し寄り道したくなる

遠回りしても

立ち止まることはできない

生きているから

そっと光を照らしてくれた

あなたを探して

見つからなくて迷子になりそう

そっと照らしてくれる

優しく厳しく

そっと包まれて