【前回の記事を読む】街を守るヒーロー、消防士。彼らの朝は「大交替」から始まる

大交替

「渋谷救急出場。渋谷区渋谷二丁目、JR渋谷駅、急病人。二十代女性、手足がしびれて動けないもの。救急隊は駅東口に向かってください。駅員の案内があります」

拡声器から、指令管制員の声が流れてきた。

「この時間の駅か。過ハイパーベンチレーション換気症候群かな」

ベテランの菅平には、時間と場所と傷病者の年齢性別で、だいたいどんな病気かケガか、想像が出来てしまうらしい。菅平の予想どおり、通勤途中の若い女性が、満員電車の中で呼吸がハアハアと荒くなったもので、救急隊が到着したときには傷病者は駅員室で泣きながら待っていた。過換気症候群は若い女性に多い疾患で、精神的な不安や興奮から発症してしまう場合が多い。命にかかわる病気ではないため、救命救急センターではなく、地域の救急病院、いわゆる二次病院に搬送する。

救急活動記録票に医師のサインをもらった菅平が、救急車に戻ってきた。

「どうした、新人。浮かない顔して。記念すべき、初出場だ。まずは、乾杯しよう」

菅平は感染防止衣のポケットから、缶コーヒーを三本取り出し、舞子と岩原に手渡した。

「乾杯ー。今日からよろしくー」

救急隊三人、病院の駐車場で、救急車のカーテンを閉めて、苦いブラックコーヒーの缶を開ける。新メンバーに変わった時の、救急隊の恒例行事だ。

「大学では、気管挿管とか薬剤投与とか、心肺停止状態の人に対する救命処置をいっぱい勉強してきたので……なんか、拍子抜けしてしまいました」

舞子は初出場の感想を述べた。現実的に、救急車を呼ぶ人の約半数が、軽症の傷病者である。日本では、救急車は無料で、一一九番に電話をかければいつでも呼ぶことができる。

「まあ、軽く済んだってことは、本人にとっても家族にも良かったわけだから、いいんじゃないの?」

菅平は軽症傷病者の搬送も、「いつも通り」といった感じだ。

「……そうですよね」