約束の二十六日は打って変わり大雨になった。一九八八年ハンブルク工場製Bモデル-211製造番号504304、和枝と遥のスタインウェイが決まる。
最終選定には再び姉の美月も駆けつけてくれ、調律師の伊東さんもたくさん意見や感想を述べてくれた。
開店から一時間後の正午過ぎ、中古のB型でドビュッシー「沈める寺」を弾いていた和枝が手を止めて立ち上がり、
「これに決めさせていただきます」
と言った。
価格は運送と室内設置料込みで切りよく六五〇万円。和枝のレッスン室は二階なのでクレーンでの吊り上げも必要となるが、その料金もサービスということにしてくれた。
廉が「感謝! 感謝」と内心喜んでいると、調律師の伊東さんが
「宮田さん、あのピアノ椅子も付けてよ」
と、和枝が腰掛けているスタイリッシュな椅子を指さした。
それはイタリアのランザーニ社製でマウリツィオ・ポリーニが愛用しているもの。黒の本革に赤い糸のステッチが二本走っているおしゃれな椅子だった。これには宮田店長も「それはさすがに無理です」と首を縦には振らなかった。
和枝も「家の椅子に慣れていますから、もう十分です。伊東さん、ありがとうございます」。
これで売買契約は終わり、午後一時過ぎには美月も帰っていった。