異国船難破

藩の南端の坊の入り江には、藩境の山麓を流れる蕪木川が注ぎ込んでいる。その流れは長い時間をかけて入り江の南岸を断崖状に削った。その突端は坊の岬と呼ぶ。さらに地震で南岸が崩落したとき、川は大きな岩石に遮られて流れを変え、今度は北岸を削り、硬い岩石を残してさらに北岸を広げた。そのため入り江は北側にいびつに広く開いた形となった。

入り江の中央に連なる岩礁のおかげで海が浅く、北風が吹くと、外海からのうねりが壁のように立った波となり、その波がしらが白い飛沫となって砕ける。入り江は常に高い波が立って、危険な海として知られているのである。

坊の入り江の北岸の奥深いところに、吹という村があった。昔、平家の落人が北陸に逃れたときに、逸はぐれた人たちが、風の当たらない窪地を選んで、住みついたのが始まりである。

彼らにとって最初の冬が問題だった。目の前の海は魚介が豊富だったのだが、何せ冬の風はすさまじく、何日も吹雪いたりして、漁をすることができなかった。それで、何人もの人が餓死したという。

いまも漁が主な生活の手段であるが、冬の間は海が荒れて漁ができない。雪が溶けて野草が芽吹き始め、坊の入り江に立つ波も春めいて穏やかになった頃、村人は陸深くに引き上げてあった舟を一段低いところに降ろし、漁を始める。

今年も、もう二度ほど海に出た。そんなときに、冬に逆戻りかと思わせる嵐が来たのだ。

その日は朝から天気がくずれ、寒の戻りかと思われる北風が吹いた。日中、ますます荒れ、強い風が冷たいみぞれも運んできた。

外海では、水平線と低く垂れこめた黒雲との間に、一本、二本と太い線が見えた。竜巻が起きているのだ。それが現れては移動して消えていく。北からの風はますます強く、坊の入り江はその風で、ひっきりなしに大波が白壁のように立っては砕け散っている。

村人は岸に上げてある舟を心配して、かわるがわるに海の様子を見に来た。嵐のために早くに薄暗くなった入り江に、獲物を狙って襲いかからんばかりの大波が、次々と押し寄せている。

幸い、風は目の前を横切る方向に吹いているため、舟が流されることはないと眺めていると、村人の一人が、入り江の北岸の、鷲の嘴と呼ばれる突端の先から、異様なくらい大きい異国の帆船が突き進んでくるのを見つけ、大声をあげた。

「おい。あれを見ろ」

声は風にかき消されたが、指さすほうを見たもう一人が、

「大変だ」

と村長に知らせに走った。

異国船はメインマストが折れて右舷に垂れさがり、それを引きずりながら坊の入り江へと突き進んでくる。

右舷に傾いている船が転覆しないのは、北からの風が船を横倒しにしないように吹きつけているからで、残りの帆柱に張られた帆は満まん帆ぱんに膨らみ、かなりの速さで南東に向かって横滑りしながら突進していた。船は舳先が左右に振られるばかりでなく、高低差のある大きな波にもまれて、乱高下している。

北からの風は、坊の入り江近くになると坊の岬の崖にぶち当たって誘導され、東に向きを変える。その風に誘導され、船は坊の入り江に突っ込み、入り江の真んなかに並んでいる岩礁に、舳先から激突して乗り上げた。船底に穴があき、船尾には容赦なく大波が被った。その力で船が岩礁にさらに食い込んでいった。