合唱コンクールの思い出
私が最後に学級担任を務めたのは、十五年前。前任校の三年四組の担任だった。
それなりになかなか楽しいクラスで、九月の体育祭が圧倒的な最下位に終わり、クラスの生徒たちは、合唱コンクールでの雪辱に燃えていた。当時のクラスの学級委員は、菊田ケイ(仮名)。統率力抜群の女子のリーダーだった。私が「菊田さん」と呼ぶと、「担任の先生なんだから、『ケイ』って呼んでください」と強い口調で言い返される。
「先生、明日から合唱の朝練習を始めます。七時半から校庭で行うので、一緒にいてください」
「おやすい御用だよ。でも、なんで校庭なんだい?」
「最初に、みんなで校庭を二周走ります。その後、校舎に向かって声を出します」
「わかったよ、菊田さん、そこまでやるんだ、すごいな」
「菊田さんじゃありません。ケイです」
そんなやり取りでクラスの取組が始まった。
指揮者として、みんなの前に立つ彼女は迫力に満ちている。声を出そうとしない男子に対しては、本気になって怒り出す。
「最後の合唱コンクールなんだから、もっとまじめにやってよ」
「もっと口を大きく開けて」
「歌詞ぐらいしっかり覚えなさいよ」
曲は、演奏がかなり難しいと言われた「インテラパックス」。伴奏者もかなり苦労しているようだった。曲に微妙な強弱をつける段階で、ケイの強引さに対して、男子の一部に不協和音が生じ始めた。
「先生、あそこまで言われると、いくらなんでもひどすぎるよ。おれたちは、もう歌わないよ」
「せっかくこのレベルまで来たんだ。みんなの気持ちもわかるけれど、もう少しの辛抱だから、がんばろう」
私は、男子をなだめすかした上で、ケイの説得を試みた。
「ケイのやる気は十分理解している。だが、ものは言い様だ。人を動かすには、多少はほめることが必要だよ」
そんなこんなで、迎えた合唱コンクールの当日。合唱開始の直前、ケイは無言で私を見つめ、私も無言でうなずき、そしてさらに、ケイがうなずき返した。