第五節 すれ違った友
別れを惜しんだ友もいれば、すれ違いに終わった友もいた。旧友のFがアルコールの精神病院から私の家に転がり込んで来たのは、私がまだ山陰の田舎で飲んでいた頃のことだった。三十歳を過ぎた頃のFと言えば、威風堂々とした風雲児といった感じの好漢だったが、五十歳を前にしてやって来た時のFは、妙に薄汚れて痩せ衰えていて、その変貌ぶりは少なからず私を驚かせた。
「久しぶりだ」と言うので、酒を注いでやると、Fはジッとコップを見つめたまま、私が「飲めよ」と言っても飲まなかった。「可笑しな奴やつだ」と思いながら、私独り飲んでいると、しばらくしてFはサッとコップに手を伸ばしたかと思うと、震える手で、お手玉しそうになりながら飲み干した。そして、徐に酒瓶を手元に引き寄せると、急に陽気になって喋り出だした。
自分の住むアパートに火をつけたこと。煙に巻かれて倒れていたところを学生に助け出されたこと。意識不明のまま一週間、病院の集中治療室に入れられていたこと。警察が来て送検されたこと。検事を煙に巻いて起訴猶予になったこと。そして、大根島のアル中の施設に収容されそうになったが、その島には女が一人もいないことがわかって拒否したこと。そして、精神病院の閉鎖病棟の長くて憂鬱な日々を経て、私のところに転がり込んで来たというわけだった。
Fは喋りながら酔い痴れ、疲れも手伝ってか、安堵の笑みを浮かべて眠ってしまった。