一 天文八年(西暦一五三九年)
かつての摂津国の領主からは徴兵、徴用、兵糧などの徴収を命じられたことはあったが、此度はいきなり『家来にならないか』との誘いである、儂は少々驚かされた。
ならばと、この若い殿様がどのような考えの持ち主なのだろうかと、儂は興味本位に尋ねてみた。
「一つお聞きしてもよろしゅうございますか」
「如何なることですか」
と、青年は前のめりの姿勢を正した。
「三好様はこの天下をどのようにしたいと思っておられるのでしょうや」
青年は『得たり』とばかりに語り始めた。
「私は民草が安寧であれば、それで良いのです。これは亡き父の目指すところでもありました。しかしながら応仁から続く戦で、巷には焼け出された者たちが溢れ、河原には遺体が山積みです。京の町は酷い有り様です。
諸勢力が拮抗し、常に戦の止まない状態では天下に平安が訪れることはありません。ですから、まず京周辺の戦をなくさねばなりません。そのために公方様をお助けして御政道を正し、公方様をして諸国に停戦の御教書を発していただく。まずはそれを目指します。もちろん簡単なことではありません。それを成すには圧倒的な力が必要です。
三好がそれを成そうとするには阿波は遠すぎます。ですから、まず京に近いこの摂津に腰を据え、力を蓄えるところから始めようと思っています。
このまま乱世が続いて良いはずがない。戦のない世を創る。誰かがそれをやらねばならないのです。その『誰か』に私が成ろうと思うのです。
民草の安寧のためであれば、父の仇である細川右京大夫と手を結ぶことも私は厭いません」