転職先の銀行の新人研修では…
銀行に転職して間もなくすると、新人研修を受けることになりました。「財務」、「外国為替」「法務」などです。システムはないので、「よーしよしよし、これでシステムとも完全におさらばだ。ざまーみろ」と清々した気持ちでいました。
座学以外には、札勘など、銀行らしい研修がありました。百万円ぶんの紙幣(札)を所定の時間内に確認(勘定)する作業です。銀行によって数え方が異なるようですが、基本的に両手を使って確認します。事務のベテラン行員になると右手に百万円、左手に百万円を持ち、手首を振り回しているうちに扇形が完成する猛者がいると聞いて、「すげーな。でもこんなスキルいるか? 実践的か?」と思いました。
研修を終えてから現在に至るまで、札勘は一度もしたことがありません。ただ、しそうになったことはあります。
支店にいたある日、先輩の取引先が八千万円入金することになったのです。「オレ一人で札勘無理だから、お前も来い!」銀行員になるとお金がモノに見えて来ると言いますが、当時の私は新人です。「現金八千万円かー、見たことねーぞ」ドキドキ・ワクワクしました。
取引先に着いてから、八千万円を見た先輩が言うのです。「あっ、札ついてんじゃん、ラッキー!」百万円ずつ白い札で括られていますので、数える必要がないというのです。「本当かよー、二~三枚引っこ抜いてもバレないんじゃないか?」……思ったものです。
帰りの車中、浅はかな私は先輩に聞きます。「先輩、このままトンズラしようとか考えないのですか?」すると先輩は、さもわかってねーなという顔をして言うのです。「お前、たかが八千万円で人生フイにできるか。生涯年収って考えたことあるか?」八千万円を「たかが」という先輩に畏敬の念を覚えました。「生涯年収」って「何?」と思う自分を恥じました。