数字を丸める
「おい、広告宣伝費はいくらあった?」
「ハイ、すぐに確認します」
「数字を丸めておおよそ頭に入れておかなくちゃ、だめだよ」
製造業の経理課で働いていた頃、親会社から来た新しいI取締役に言われた言葉である。「丸めて」というのは四捨五入で大雑把にということらしい。全社内から回ってくる未払金や買掛金の伝票をチェックして、支払いをするのが私の仕事である。間違いがないかどうかは一生懸命に見るけれど、数字を丸めて覚えておけと言われてもなかなかできなかった。
アンチョコを作った。メモ用紙にA社幾ら、B社幾らと書き連ね、合計を出しておく。聞かれたらサッと百万単位までの数字を答えればいい。机に透明のマットを敷いていた頃である。その下にメモを挟んでおいた。
毎月そんなことをしていると伝票チェックの段階で意識ができ、覚えておけるようになってきた。「今月四千五百万です」などと答えて「おう、そうか」と言われるとホッとした。
正月休み明け、職場でおせちの話になった。
「お雑煮の人参を梅の花型で抜き取って、残った周りをどうしようかと思ったけど、結局炒め物に混ぜちゃった」
などと、私は話していた。
「あの周りの丸い輪はなあ、一つに切れ目を入れて、二つ繋げて吸い物に入れるんだよ。きれいにできるぞ」
通りかかったI取締役に言われた。高齢の男性にそんなことを言われて私たちはびっくりした。「数字を丸めろおじさん」は、「料理も得意おじさん」だったのだ。
二十余年が過ぎた今年の正月、古希も超えて一人暮らしである。紅い京人参を花型に抜き取り雑煮に入れた。残った丸い輪を見たら取締役を思い出した。一つ取ってなんとなく向こうを眺めた。プランターのミニシクラメンのピンクと、パンジーの紫が紅いフレームに収まった。
人参の輪を二つずつ繋げたけれど、お吸い物はサボって、結局次の雑煮に入れたのだった。