小説 『記憶のなかで生きる』 【第19回】 厚切りゆかり 母を火葬した。骨壺を抱えて帰宅したとき、家は静まり返っていた。母の部屋に骨壺を置き「しばらくはここで一緒に暮らそう」と伝えた。 【前回記事を読む】「これ以上の延命は苦しめるだけ」と医師に言われ、横たわる母の手を握りながら「お母さん、どうしたい?」と問いかけた。母を火葬した。骨壺を抱えて帰宅したとき、家は静まり返っていた。「ただいま」誰も答えない。「お母さん、帰ってきたよ」誰も答えない。当たり前のことなのに、その静寂が胸を締め付けた。私は母の部屋に骨壺を置いた。遺影を並べ、花を飾った。「お母さん、ここにいてね。しばらくは、…
小説 『私が空を飛ぶ理由』 【第5回】 武田 ちあす 東京の夜景を見ることは、蟻の巣を誤って掘り返してしまったときの感覚に似ている。人間の数への恐怖に加えて、それぞれに人生があり…… 【前回の記事を読む】「完ぺきな鳥人間になれた気がした」誰にも見つからぬよう東京の夜空へ飛び立った――渋谷駅周辺は空が開けているので、さすがに明るい地上からでも見つかりやすい。気持ち高度を上げて、ホテルの入っていそうなビル群からも距離を取る。夜中でも灯りの点いている部屋はある。窓の外を人間が飛んだら大騒ぎになってしまうだろう。こちらもカーテン越しに中を覗き込むような野暮なことはしない。渋谷駅は眠っ…