基はジーンズにポロシャツという格好のままで、右手にブルーのハンドダミーを持って部員たちに相対している。その表情といえば、嬉しくてしょうがないというほどにだらしなく見える。
「キャプテンは足立くんだろ。まず、お手本のタックルを見せてくれ」
そう言って、右足を半歩、踏み出した。足立くんは、ヘッドキャップをかぶり直し、ぐっと顎を引き締める。まなじりを決して足を踏ん張り、短い距離を詰めた。
確かに、コンタクトの瞬間には衝撃的な音が響いた。それでも基が退くことはなく、足立くんはそのまま砂の上に腹ばいになった。一年生たちは一様に目を丸くし、それを自分たちがやるのだということが、まだ信じられないという顔をしている。一瞬で表情を緩めた基が、ゆっくりとそんな一年生たちを見まわした。
「そんな顔、するなよ。クッション入ってるんだから痛くないさ。やってみようか」
シュラッグという首を引き締めて頭部を守る体勢、足の運びや背筋の姿勢の作り方、相手をバインドする時の腕や首の使い方など、いくつかのポイントを教えた後、基は保谷くんを指名した。背が高くて目立ったからだろうか。
保谷くんは、さっき初めて袖を通したばかりの赤い練習着の、その裾をぐっと引き下げ、ほんの二メートルばかりの距離で基と対峙する。ほぼ一歩の位置から、一年生たちは繰り返しダミーへのタックルを試みた。まだ初めてなのだ。あれこれの注意点を確認しながら、それでもひ弱なタックルがダミーの音に変わる。
さすがに足立くんは少しずつサマになってきたけれど、彼にしたって対人のタックル練習は、二世代上の先輩が引退して以来のはずだ。
一度小休止して、みんなで給水した。梅雨前の海岸の湿気はそれなりの消耗を生んだ。海老沼さんは、なんだか嬉々としてボトルを配ったり回収したりする。マネージャーとしての初仕事だ。彼女は乱雑な部室内をきょろきょろと見まわしながら、鼻息も荒く整理整頓を誓っていた。佑子も部室内をきちんと見たのは初めてだったけれど、喉を傷めそうなくらいに埃っぽい。何より、壁の落書きを何とかしたいと思った。
「じゃあ、最後。少し強度を上げて、一人五本タックルしてみよう」
基はそう告げて、流木の枝で砂の上に線を引いた。そこから大股で五歩離れる。そして、もう一度ダミーを構えてポンと叩く。
「さあ、来い!」
足立くんは、何度挑んでも一歩も動かせない相手へのチャレンジの思いを横顔に漂わせて。一年生たちはおっかなびっくりの様子でダミーに向かって行く。ただ、石宮くんだけは、青ざめた顔をして立ち尽くすばかりだった。