「エへへ。悪いな、永嶋。……実は、『この案を役員に提案するに当たっては、提案者の永嶋の名前と筆跡をすべて消せ』という指示が本社から来ているんだ。それで、俺が自分の筆跡ですべてを書き写しているところなんだ」
その瞬間、私はすべてを悟りました。その事業部は、その提案に関する私の関与の痕跡をすべて消し去って、その提案はエンジニアリング部門の永嶋が考えたものではなく、事業部が考えたことにして役員に説明するつもりだったのです。すなわち、私の提案を盗むつもりだったわけです。
やがて、本社の役員への報告会議が開かれましたが、私は呼ばれず、その工場の課長が、自分たちが考えた案だとして説明を行いました。その結果、事業担当役員はその提案に強い賛同を示し、その事業部門では、その内容を将来ビジョンとして中期計画に盛り込むことを決定したのです。そして、その課長ほか、事業部の関係者は、良い提案をしたということで、事業担当役員から大いに称賛されたのでした。
私は自分の考えを完全に事業部に盗まれてしまったのです。
そして、私が真の起案者であるという事実は、完全に闇から闇に葬られたのです。私の所属するエンジニアリング部門は、もともと事業部への関心が薄く、私がこの事実を上司に話しても、上司は私を弁護するどころか、この話に何の興味も示してくれませんでした。また、私は何のプラスの評価もされませんでした。
ここに至って、私の憤り、ストレスは頂点に達しました。しかし、事業に関与しない、エンジニアリング部門の新人に過ぎない私には、事業担当役員との接点がまったくなく、「あれは、実は私のアイデアです」と訴えることは不可能でした。結局、私は泣き寝入りするしか方法がなかったのです。
ここまで読まれた読者の皆様のなかには「名前や筆跡を全部消して、アイデアを盗むなんて、いくらなんでもそんなヒドイことが現実にあるわけはない。ここに書かれていることは嘘だろう」と思われる方もいらっしゃるかと思います。
正直、そういう経験をされていない方は幸せだと思います。これはいや味や皮肉で言っているのではなく「こんなヒドイ経験はしないほうがいいですよ。経験しても、あなたの人生にとって何もプラスにはなりませんから」という観点からの率直な私の意見なのです。
私がここに書いたことは、まぎれもない事実であり、私は、平気で人の提案を盗む、人を裏切るという「人間の性や本質」を目の当たりにしたのです。いま、考えても、本当にヒドイ話だと思いますし、いまでも、私の提案を盗んだ連中には腹が立ちます。しかし、これが、私が直面した「現実」だったのです。