そして、お気に入りのワンピースを着て、念入りに化粧をし、腕の前に座った。
これから、神様、仏様に会うかもしれないのだ。
あるいは閻魔様か、冥界の王ハデスかもしれないが、不慮の事故ではなく、こうして準備期間を得たのだ。
きちんと身なりを整えてしかるべきだろう。
そしてひとつ息を吸い、意を決して手を握り、来るべき衝撃に備えて目をかたく閉じた。
かたく閉じた。
かたく。
衝撃は感じない。
戸惑いながらも目を閉じたまま、手を握り続ける。
手はひんやりしているが、柔らかい。
死人のそれではないような気がする。
死人の手を握ったことはないが。
残念ながら、握ってみても特定の男の顔がハッと浮かぶということもない。
感慨といえば、男の手とはこういうものであったか、というような。
若い頃の記憶をしばし辿る。
しかし、辿り終わってもまだ変化は訪れない。
神様か、それに類するなにものかの前にすでに引き出されているなら、なにか声がかかってもいいはずだが。
そう思っていたら、遠くに救急車のサイレンの音が聞こえた。
気抜けして目を開けた。
やはり元の部屋だ。
もう一度見回しても、元の部屋だ。
馬鹿馬鹿しくなって手を離した。
なんのための意気込みだ。
なんのための身支度だ。
ワンピースを脱ぎ、化粧を落とす。
腕を見る。
腕は気落ちした様子もなく、やはり畳から生えている。
なんのために生えているのだ。
見ているうちにイライラしてきた。
しかし、そこでまた考え直す。
私は彼を三日待たせたのだ。
ということは、最長三日待つくらいの覚悟がなくてどうする。
たかが十数分待ったくらいで短気を起こしてはいけない。
彼はどこからだかわからないが、長い道のりを這い続け、この畳を突き抜けてやってきたのだ。
その労苦に比べれば、待つくらいなんでもないではないか。
ただ待てばいいのだから。
しかし、ただ待つ、という行為は私の最も苦手とする分野だ。
私はのろのろとワンピースを着、もう一度化粧をし、畳に仰向けに寝て、手を握った。
が。
トイレに行くのを忘れたことに気が付いた。
少しためらう。
が、行かないわけにもいくまい。