前ぶれ
足元がスースーする
戸板一枚下は奈落
スースーするのは
戸板の隙間から奈落の風が吹き込んでくるせいか
根太が腐って
やわな戸板一枚
踏み抜いて
奈落の底に落ちる前ぶれか
福笑い
朝、夫が食卓につく。
今日もこれといって用事はない。子供たちはとっくに独立し、二人だけの日々。
見るともなく夫の顔を見る。以前もさほどかんばしい顔ではなかったが、近年著しく輪郭がゆるんできた。よく見なければどこまでが夫の顔なのかわからない。それだけでなく、顔の造作も随分にぼやけてきた。
どこまでが瞼なのか、どこまでが鼻なのか、どこまでがたるんだ頬なのか、どこまでが唇なのか。
様々な部品の境界が判然としなくなり、顔の中で混ざり合いつつあるようだ。私の老眼が進んだせいかもしれないが。
夫はまずお茶を一口すする。それからおもむろに箸を取り上げ、親の敵のように納豆をかきまぜ始める。あまり熱心にかきまぜるので、だんだん私は不安になる。
たるんだ頬の皮がふるふる揺れている。どの部品も重力に対する抵抗力を失っているというのに、そんなに力いっぱいかきまぜたら、なにかしら支障を来しそうで気が気ではない。