そこで再び夢が覚める。
私は夢の中で夢を見ていたのだ。
ぐっしょりと寝汗をかいている。
窓の外はほの明るい。
今は何時なのか。
枕元の目覚ましに手を伸ばしたが、目覚ましではないものに触れる。
けげんに思って目を向けると、枕元に腕が生えている。
畳から、これから大きな花を咲かせようとする重たい蕾を持つ茎のように、男の腕が生えている。
寝ぼけているのだろうか。
寝床に起き上がり、腕を見つめる。
だが、腕がかき消える気配はない。
頭をはっきりさせるためにコーヒーを入れる。
コーヒーを飲みながら、さらにしげしげと見つめる。
さて、私は惨劇の果てに夫を生き埋めにしたのだろうか。
しかし、考えてみると私に夫はいない。
では、今までにねんごろになった男のうちの誰かの腕なのだろうか。
まさか通りすがりの腕ではなかろう。
しかし、腕だけで見当をつけるのは難しい。
とくに毛深いわけでもなく、
とくに色黒というわけでもなく、
とくに肉付きがよいというわけでもなく、
要するにとくに特徴のない腕だ。
手を握ってみれば、思い出すだろうか。
柔らかいだろうか。
冷たいだろうか。
だが、触るのはためらわれた。
もしかして、これは誰かが一人で死出の旅に赴くのが心許なくて、私を誘いに来たのではなかろうか。
気持ちはわからないでもないが、こちらにも都合がある。
今すぐと言われても困る。
困るが。
しかし。
うずうずと、手は握ってみたい。
でも手を握ったとたん、ジェットコースターのように黄泉の国にひきずり込まれたら。
迷ったあげく、そのスリリングに負け、会社に体調不良と連絡を入れ、家中の掃除を始めた。
洗濯すべきものはすべて洗濯した。
別れを告げたい人たちには、それとなく別れを告げた。
やり終えるのに三日かかった。
万が一、生還した時のために、会社に辞めますとは言わなかった。
姑息だろうか。