左手

誰にでも「利き手」はあるだろう(あるはずである)。右手が利き手の人が普通だと思うが、左手が利き手の人も案外少なくない。また、スポーツ選手のなかには、子供のころから訓練して両手が同じように使える人もいるが、これはまだ例外のうちに入るのではないだろうか。

私はごく普通タイプの右利きである。だから、字を書くのも、体や髪を洗うのも、料理の包丁を使うのも右手である。

あるとき、台所でなにか刻みものをしていたのか、なにしろ長いこと丹念に包丁を使っていたときのこと。多分手が疲れてきたのだと思うが、急に何を思ったのか、私は突然自分の「左手」に向かって話しかけていた。

「お前はいいわね。いつも楽をしていて。見てよ、右手はいつも一生懸命働いて、いまももう痛いくらい。お前も少し頑張りなさい」

実際声に出して、そう言ったのだ。いま思えば、細かい刻みものがいっぱいで、ちょっと気分的にも飽きていたのだと思う。そんな気分を紛らわす遊びのような言葉だったのだろうと思う。