第一章 赤い光
春口は淡々と生徒たちの名前を読みあげ成績表を手渡していく。その結果に満足の笑みを浮かべる者、落胆の表情を隠せない者、結果を確認せぬままバッグにしまう者、反応は様々だ。
「では次、斉藤」
「は、はい」
達也に、解けたという実感があった問題はいくつあっただろうか。ほとんどが空欄(くうらん)のうえ、記号問題に関してはすべてカンで答えた。まるで解答用紙への落書きのようで、自分がいかに無知であるかを思い知らされた試験だった。
成績表を受け取り席に着いた。結果は、五教科の平均偏差値二十八という惨憺(さんたん)たるものだった。受け取る前からダメなのはわかっていたけど、ここまで成績が悪いと進学そのものが心配になってくる。
春口は生徒全員に渡し終えると、メガネのフレームに指を添えて位置を直し、再び淡々と話しはじめた。
「本番まであと半年。第一志望の学校に合格するには、まだまだ成績が足りないという者がほとんどだと思う。数学で正解に辿(たど)りつくまでの途中式が大事なように、合格にいたるまでのこの半年間の過程が重要になる。最後まで諦めることがないように」
春口が言うと、ほかの講師よりも迫力があり説得力が生まれる。
「それから、斉藤。帰りに職員室へ来てくれ」
授業を終え、達也は職員室へ向かった。動き回る受付のスタッフ、生徒からの質問に応じる講師、生徒の親と電話で話す講師。授業が終わってもみんなが忙しない様子だ。
ほどなく、春口が足早に入ってきた。
「斉藤、すまない。待たせたな。帰り、少し遅くなっても大丈夫か?」
達也がうなずくと、春口は来客用の椅子(いす)に腰かけるようにうながした。
「今日、君に返した成績表のことなんだが。正直なところ非常に厳しいスタートになりそうだな。部活は一区切りついたのだったな?」
「はい、もうすでに引退してあとは受験だけです」
「そうか、じゃあ、がんばらなきゃな。斉藤は志望校は決まっているか?」
春口は銀色のメガネのフレームを持ち、位置を直す。
「いや、まだです。部活の練習試合で行った高校も、通うには遠いところばかりで。高校でも部活をがんばりたいけれど、家から遠いと朝練とかきついだろうなって」
この程度の成績でこんなことを言うのは贅沢(ぜいたく)だと、達也は心の中でつぶやいた。
「なあ斉藤、将来の夢はあるか? 例えばやってみたい職業とか」