第三章 運命の人

試験終了後、規制退場によって達也よりも先に校舎をでた結花は、メインストリートにいた。緊張から解放され、大きく深呼吸をすると携帯を取り出した。

『達也くん、お疲れ。どうだった? 難しかったね。私、大丈夫かな。ちょっと不安。明日、新聞に解答が載るよね? 自己採点こわいな。あのさ、達也くん、この学校の裏門知ってる? 森に囲まれた石段があるんだけど、それが百段くらいあるんだよ。お姉ちゃんから聞いたことがあって、前からその石段を通ってみたかったんだ。下りきったところにもバス停があるから帰りも困らないし。グラウンド側の奥にあるから、門の前で待ってるね』

「これでよし、と」

結花は達也にメールを送ると、正門へと進む受験生の流れに逆らって一人、裏門へと向かった。裏門までくると、結花はのぞきこむように石段の先を眺めた。

「うわあ、やっぱりすごいな。本当に百段なのかな。もっとある気がする」

想像以上に長い石段を見て、思わず口に手をあて一歩足を引いた。

「今日のテスト大丈夫かな……数学の証明問題、一問わからなかったんだよな」

結花は自信なさげにつぶやいた。

「受かっていてほしいな。お姉ちゃんと通学したいな」

結花は携帯を確認したが、達也からの返信はまだなかった。制服のポケットにしまいかけた携帯を再び手に取り、過去に受信した達也からのメールを見ていると、顔がほてってきた。

「受かってるといいな……私たち」

携帯を胸にそっと抱きしめる結花。その背後に長い人影が揺らめきながら忍び寄った。ニヤリと笑う口元にも、嫉妬に満ちた残酷な瞳にも、結花は気づかない。

「もし二人とも合格することができたら……その時は」

達也との高校生活を想像すると、どうしてもほてる頬を両手で隠さずにはいられない。ドクン、ドクンという心臓の音は、まるで今か今かと達也を待ちわびる自分の心を代弁しているかのようだった。

結花の背中にぬっと白く細長い手が迫っていた。足音が聞こえ、結花はゆっくりと目蓋を開いた。携帯から垂れるストラップが目に入ると、結花は自分の足元まで伸びる黒い影に気づいた。胸が高鳴る。にこやかに振り返った、次の瞬間。

(えっ……?)

左肩に衝撃が走り、結花は宙に浮いていた。スローモーションのように視界から遠ざかっていく、みそぎ学園の校舎。自分の身に何が起きたのか把握する間もなく、全身から骨が粉々になるほどの激痛を感じ、恐怖で顔が小刻みに震える。

「イヤァ……ァァァァ……」

石段に叩きつけられては弾かれを繰り返し、転げ落ちていく結花。悲痛な叫びにカラスたちが飛び交う。なんとか指先をひっかけるようにして途中で止まった。

体を起こそうにも力が入らない。生々しく鈍い音が痛みとともにひしめく。自分の血で赤く染まった石段。おびただしい出血。止まらない全身の震え。

(お姉ちゃん助けて……達也くん……お願い)

助けを求めて叫ぼうとすると、赤く生温かい血がゴポリとあふれでた。潤む瞳に映る視界が徐々にぼやけていく。凍るような石段に体温を奪われながら、結花はついに意識を失った。

門前の人影は、結花の姿が見えなくなるとニヤリと笑った。