俳句・短歌 短歌 2021.10.18 短歌集「蒼龍の如く」より三首 短歌集 蒼龍の如く 【第18回】 泉 朝雄 生涯にわたって詠み続けた心震わすの命の歌。 満州からの引き揚げ、太平洋戦争、広島の原爆……。 厳しいあの時代を生き抜いた著者が 混沌とした世の中で過ごす私たちに伝える魂の叫び。 投下されしは新型爆弾被害不明とのみ声なくひしめく中に聞きをり 伝へ伝へて広島全滅の様知りぬ遮蔽して貨車報告書きゐし 擔架かつぐ者も顔より皮膚が垂れ灼けただれし兵らが貨車に乗り行く 新聞紙の束ひろげてホームに眠る中すでに屍となりしも交る 息あるは皆表情なく横たはり幾日経てなほ煤降るホーム (本文より) この記事の連載一覧 最初 前回の記事へ 次回の記事へ 最新 雨上りし赤萌え山の谷沿ひの 櫟くぬぎの芽吹きはすがしかりけり うすうすと日かげかぎろひ遠山の 襞ひだのかげりも見えずなりたり 月照れる窓に垂れたるくるみの葉 ベッドの上にさやかに映る
小説 『アイアムハウス』 【新連載】 由野 寿和 静岡県一家三人殺害事件発生。その家はまるで息をするかのように、いや怒っているかのように、大きく立ちはだかり悠然としていた 午前十一時。サイレンを鳴らさず、車両は静岡県藤市十燈荘(じゅっとうそう)に到着した。静岡中央市にある県警本部から十燈荘までは、藤湖をぐるっと大回りして藤市経由でトンネルを通り、小山を登ることになる。藤湖を見下ろす高級住宅街、十燈荘は、土曜の昼だが活気はない。既に外部への交通規制が敷かれているとはいえ、不気味に静まり返っている。ここで殺人事件があったことを、住民達が知っている気配はなかった。その家…
小説 『しあわせについて』 【新連載】 杉野 六左衛門 家族はみんな忙しくて、姉ちゃんは私に無関心。だから育ての親は、ばあちゃんだった。綺麗で優しくて、私は大好きだった。 「真由美(まゆみ)」朧(おぼろ)な光の中で母が呼んでいる。「真由美、真由美」母はいつまでも、何度も私を呼び続ける。「真由美」声が少し尖ってきた。声はするのに姿が見えない、母はどこにいるんだろう。「真由美、早く起きなさい、もう六時五十五分よ」五十五分? そんな馬鹿な! 慌てて起き上がると、枕元の目覚まし時計の長針は五十五分をさしていて、短針は限りなく七に近かった。「なんで早く起こしてくれないのよ」…