俳句・短歌 短歌 2021.10.24 短歌集「蒼龍の如く」より三首 短歌集 蒼龍の如く 【第19回】 泉 朝雄 生涯にわたって詠み続けた心震わすの命の歌。 満州からの引き揚げ、太平洋戦争、広島の原爆……。 厳しいあの時代を生き抜いた著者が 混沌とした世の中で過ごす私たちに伝える魂の叫び。 投下されしは新型爆弾被害不明とのみ声なくひしめく中に聞きをり 伝へ伝へて広島全滅の様知りぬ遮蔽して貨車報告書きゐし 擔架かつぐ者も顔より皮膚が垂れ灼けただれし兵らが貨車に乗り行く 新聞紙の束ひろげてホームに眠る中すでに屍となりしも交る 息あるは皆表情なく横たはり幾日経てなほ煤降るホーム (本文より) この記事の連載一覧 最初 前回の記事へ 次回の記事へ 最新 夜更けていよいよ月かげ冴えゆけば 峡の村落のひそかしづもり 夜更けて傾き初そめし月明り 松の下生したふの露を照らせり 月かげに痩せたる足を照らされつヽ 一人起きをればかなしみもなし
小説 『アイアムハウス』 【新連載】 由野 寿和 静岡県一家三人殺害事件発生。その家はまるで息をするかのように、いや怒っているかのように、大きく立ちはだかり悠然としていた 午前十一時。サイレンを鳴らさず、車両は静岡県藤市十燈荘(じゅっとうそう)に到着した。静岡中央市にある県警本部から十燈荘までは、藤湖をぐるっと大回りして藤市経由でトンネルを通り、小山を登ることになる。藤湖を見下ろす高級住宅街、十燈荘は、土曜の昼だが活気はない。既に外部への交通規制が敷かれているとはいえ、不気味に静まり返っている。ここで殺人事件があったことを、住民達が知っている気配はなかった。その家…
小説 『ヴァネッサの伝言』 【第36回】 中條 てい イダから受ける治療はなかなか苦しい日もあったが、効果が感じられた。「なあ、お前」その晩の治療が終わって、彼が話を切り出した… 「身寄りは、どなたもいらっしゃらないのですか?」「身寄り? 笑わせるな。奴隷に身寄りも何もあるものか」語気は穏やかだったが、バルタザールはくるりと窓の外へ顔を背けた。さっきまで浮かべていた笑いが消え、あの、人を見透かしたような覚めた目をした男の顔に、妙に脆(もろ)い表情を見たような気がした。それもまた、ほんの束の間で消え失せて、今はただ朝の陽光に映える冬の木立を眩しそうに目を細めて眺めている。シ…