俳句・短歌 短歌 2021.10.25 短歌集「蒼龍の如く」より三首 短歌集 蒼龍の如く 【第20回】 泉 朝雄 生涯にわたって詠み続けた心震わすの命の歌。 満州からの引き揚げ、太平洋戦争、広島の原爆……。 厳しいあの時代を生き抜いた著者が 混沌とした世の中で過ごす私たちに伝える魂の叫び。 投下されしは新型爆弾被害不明とのみ声なくひしめく中に聞きをり 伝へ伝へて広島全滅の様知りぬ遮蔽して貨車報告書きゐし 擔架かつぐ者も顔より皮膚が垂れ灼けただれし兵らが貨車に乗り行く 新聞紙の束ひろげてホームに眠る中すでに屍となりしも交る 息あるは皆表情なく横たはり幾日経てなほ煤降るホーム (本文より) この記事の連載一覧 最初 前回の記事へ 次回の記事へ 最新 病み細りし足には下駄のなじまねば たびたび砂利につまづきぬ 退院して踏みし畳の足ざはり この清しさを幾月も恋ひし 退院の吾と並びて寝し父は 心ゆるびていびきし給へり
小説 『アイアムハウス』 【新連載】 由野 寿和 静岡県一家三人殺害事件発生。その家はまるで息をするかのように、いや怒っているかのように、大きく立ちはだかり悠然としていた 午前十一時。サイレンを鳴らさず、車両は静岡県藤市十燈荘(じゅっとうそう)に到着した。静岡中央市にある県警本部から十燈荘までは、藤湖をぐるっと大回りして藤市経由でトンネルを通り、小山を登ることになる。藤湖を見下ろす高級住宅街、十燈荘は、土曜の昼だが活気はない。既に外部への交通規制が敷かれているとはいえ、不気味に静まり返っている。ここで殺人事件があったことを、住民達が知っている気配はなかった。その家…
小説 『空に、祝ぎ歌』 【第23回】 中條 てい 自分の顔が嫌いだった。臆病そうで、弱い顔。化粧を落とすと、鏡の向こうから、貧弱な素顔が物憂げにこちらを見返している。 「用があったのはニコなんだから、もうそんな心配するなよ」「お気楽なこと言わないでよ。あいつがこんなところまでのこのこと何をしにくると思ってるの。あのおじさんだって似たような状況になってるってことよ、その女と。そこであたしを見かけたりしたら今度は見逃してはくれないわ」「さっきの話だけど、その相手の女はどうなったんだい。部屋にいたのか」とたんにキーラの表情がさっと青ざめた。唇を噛みしめ、目を逸らせて…