たしか、「そういえば、もうすぐジャイアンの誕生日じゃないか」とかなんとか言っていたけれど、そういう突拍子のない発言は、それこそいつものことだ。

なのに―次の日から“天気雨の扉”―空色のペンキがぽつんぽつんとはげかけ、雨が降っているように見えるヨウム室の扉を、わたしはそう呼んでいる―は、ずっと閉じたまま。

天気雨のことを“天泣(てんきゆう)”ともいうのだと、ちょっと前にミュウが教えてくれた。

神さまだって、泣きたくなることくらいあるんだろう。そんなときはきっと、晴れた空に涙をぱっとまき散らすんだ―ミュウは、そう言って笑った。

天気雨―それは、神さまが、そっと空に散らした涙。

でも今それは、わたしの心からこぼれた涙の粒かも……。

……ああ、だめだめ。考えれば考えるほど、心がどんどんジメジメしていっちゃう。

ほんとにどうしちゃったの、ミュウ。ちゃんといっしょに進級しよう、っていう約束、もう忘れちゃったの? そんなことぜったいないよね。 

濡れた砂利を踏みしめながら、なんだか自分が、心配性のお母さんになったような気分がこみあげてきた。できれば、もう少しおおらかにどっしりかまえたお母さんでいたいけど……。いやいや、そういうことじゃなくて。

ふと足をとめると、校舎の壁際の植えこみで、しずくをまとったアジサイの花がつややかに揺れている。六月の雨はあまり好きになれないけど、アジサイは好きだ。

見つめていると、なんとなく心が落ちついてくる。正直に告白してしまえば、最近になって花が色づきはじめるまで、その植えこみの植物がアジサイだってことすら知らなかったのだけど。

「あ、カタツムリ!」

アジサイの葉の上にカタツムリがちょこんと乗っていた。子どものカタツムリかな……

すごくちっちゃくてかわいい。

そうそう、チイカは、ナメクジだけじゃなく、カタツムリもダメだったっけ……。そんなことを思いだし、つい「ふふ」と笑いがこぼれてしまう。

チイカは、わたしの中学時代のクラスメイト。ホラー好きで怖がりで虫ぎらい。高校は別々になったけれど、今も会えばおしゃべりに花を咲かす、気の置けない友だちだ。

「あ、そうだ」

わたしは、肩のバッグからデジカメを取り出した。ケータイにもカメラ機能はついてるけど、こういうときにはやっぱりこれ。美鈴さんがわたしに遺してくれたフランチェスカ美鈴号の出番だ。

ぱしゃり、ぱしゃり。アングルを変えながら、アジサイの一群をおさめる。もちろん、葉っぱの上のカタツムリくんもいっしょだ。うん、いい感じ。

アジサイにしばし心を癒されていたら、くちゅん、とくしゃみが出た。

いけない、風邪引いちゃう……。わたしは、早足でヨウム室を目指した。

バリケードの向こうに天気雨の扉が見えてくる。ああ……やっぱり今日も―そう思いかけた瞬間、両足に急ブレーキがかかった。え……なによ、あれ。

「―まったく、もう。なんなの」

扉の窓から漏れる明かりに向かい、わたしは、あきれ声でつぶやいていた。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『六月のイカロス』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。