ALS

「これから言うことは……あくまで平均寿命のことであって、……」

まわりくどい言い方だが、それだけ容易な状態ではないのだと思った。真剣な目で私の顔をゆっくり見た後、なおも少し多めに息を吸い込んで、再び私を見た。私はひれ伏す意識で余命宣告を待った。

「余命は一年未満だと考えてください」

「まっ、待ってください。先生、それよりも、原因は? 何が原因か言われてないじゃないですか」

私は病気の発症原因にこだわっていた。

「あっ、これは、これは」

医師は困ったように、背を丸めてふくらはぎを掻いた。

「頭(脳)、首、脊髄の三カ所の検査をしました。脳及び首に問題はありませんでした。脊髄から運動神経に繋がる箇所に原因があります」

禅問答のようだった。そうじゃなくて、病気になった原因が私は知りたいのだ。

「言いたいことがあるのでしたら、どうぞ」

「病気になった原因です」

「なるほど。そういうことですか。今の医学では、ALSの原因は解明されていません」

分からないと簡単に一言でかたづけられたことが、私の中で何処にも出口のない苛立ちの感情に変わり、訳もなく、腹立たしさが襲ってきた。

「原因をつきとめれば、少なくとも対処の方法が見つかるじゃないですか?」

「……」

「何かあるでしょう。そうでなければ、こんなことになるわけないでしょう」

「……」

「どうしたら京子は助かりますか?」

「はっきり申し上げて、現状では治療法はありません。申し訳ないですが、そうとしか、申し上げられません」

やはり「どうしようもない」という言葉に、たどりつくのだ。

「なんとか、ならないでしょうか?」

「そう言われましてもねえ……」

「これを食べてみたらとか、黒酢とか、発酵食品とか、…… 今、研究中のことでも、何でもかまわないんです。教えてください」

「……」

「このまま座して、死を待てと、おっしゃるんですか?」

「病院ではできるだけのことを、……対症療法になりますが、……これからは、具体的に転院先の病院で相談ということに……」

医師は逃げ腰になっていた。

「筋肉のストレッチは、どうですか?」

私はなおも無駄な質問をして、食い下がった。

「あまり筋肉を使っては、かえって破壊することになります。リハビリ程度に動かすということです」

「……」

私の質問が尽きると沈黙が続いた。看護師は少し離れた場所で、メモを取っていた。外界と切り離されて、テレビで見る刑事もののドラマで供述調書を読み聞かされている、そんなワンシーンが再現されているように感じた。自分の力の及び難い非現実感の中で、私はさまよっていた。妻に解決策も逃げ場もないことをどう伝えたらいいのか。