出会い─パリの片隅で
約束通り朝八時に、カミーユはアトリエのドアをノックした。
意外なことに、二人はすっかり身支度をし、描く支度まで整えていた。“画家の卵”といえば気まぐれでだらしのないボヘミアンだと世間では考えられているけれど、どうもこの二人はそうでもないらしい。
いくらかは待たされることを予想していたカミーユは、内心少し感心した。
「場所はここ。……もう少し窓の方を向いて。そう。両手はこう、おへその上辺りに軽く重ねて」
今日の天気の話も体調を気遣う言葉もなく、モネはカミーユを窓のそばに立たせ、ポーズを指示した。カミーユが指示通りにポーズを取ると、モネとバジールの二人は思い思いの場所にイーゼルを構えた。
ただ立っているだけ。それがこんなにつらいものだったなんて。
両手はほんの少し持ち上げているだけにもかかわらず、二十分もすると痺(しび)れるほど疲労を感じた。手のひらに妙に汗をかくが拭くわけにもいかない。スカートで隠れている両足の位置を少し変えたいと思っても、体勢が変わりはしないかと気になってなかなか動かせない。
それに、何より二人の刺すような視線。卵とはいえ、画家がものを見る目が、昼食のパンを眺めるように優しいわけはないと覚悟はしていた。
けれど、それがこんなに鋭いものだとは。彼らが視線を注ぐその部分に痛みを感じるのは気のせいだろうか。
「あごが下がってる」
モネが言った。その口調からは、カミーユが期待するような労(いたわ)りもほんの少しの好意も感じられなかった。
「両手はもう少し上」
少し姿勢が崩れると容赦なく指摘が飛ぶ。
少しだけ正面からひねられた首も、もうこのまま固まって動かせなくなってしまうのではないかと思うほどくたびれていた。カミーユが思わず、ほんの少し目を閉じたそのとき、
「休憩しよう」
バジールが声を掛けた。
「ソファに掛けるといい。アトリエで雇ってたモデルたちなんか、休憩時間になると両足を投げ出してマッサージしていたよ」
カミーユは言われた通りソファに腰掛けたが、さすがに両足を投げ出すのはお行儀が悪いように思えて、スカートの上から軽く足をさすったりした。ソファからは二人が描いていたキャンバスが見えた。デッサンはほぼ仕上がっているようだった。
モネは座ってキャンバスを見詰めたまま動かない。その、どことなく浮かない顔がカミーユは気になった。
モネはやはりキャンバスを見詰めたまま、今度は首を少しひねった。そして一つ、溜め息をついた。バジールはモネのキャンバスを覗き込んで言った。
「なんだ、よく描けてるじゃないか。まぁ、君にとっては不満な部分もあるかもしれないけど」
モネは浮かない顔のままそれを否定した。