百合の文言の中に書き込まれている夢の情景では、彼にも少しばかり思い当たるところがあったのも事実であったから、二人のもとを即座に辞するというような行動はとれないと覚悟を決め、問いかけた。一度は振り捨てた思いつきからの問いである。

「少なくとも二宮百合さんが文中の『あのひと』に対し強い関心を生前抱いておられたというのはお二人のほうからしますと確かなことのようですが、それではそれが私かもしれないというようなことは、どのようにしておわかりになったのでしょうか?」

「そのようなことを……それははっきりと娘の遺書から読みとれるじゃありませんか」

母親は即座に断言し、私と向かい合ったまま座り続け、さらに私を詰問せんばかりの態である。思案しながら時折思いついた問いかけなどをしているうちに、どれほどの時が経ったのかわからない。

来栖は向かいに座っている百合の母親と兄が生真面目というところから、今ではきわめて険しいと言えるほどの表情を浮かべているのに遅まきながら気づいた。

二人は彼が心ここにあらずといった顔つきであたりさわりのない問いかけをしながら、あらぬほかのことを考えていると推し量ってしまったのだろう。その雰囲気を感じて、来栖はまたもや二人に少し迎合するような問いかけをしてしまった。

「百合さんが見た夢の中の町というのはですね、どうも私にも気に入っている町の一つなんですが、瀬戸内の尾道のような感じがするのですが……どうなんでしょうか?」

「そういうことなら、うちの娘と一緒にその町へ行かれたことがあるのでは?」

「いえいえ、そのようなことは一度もありません。そういうことではなくて、私の言っている町の印象が百合さんのものと不思議なことですが少し重なり合うようなところがあるようなのでそう言ったまでで……」

「そんな! 二人の人間が一度も同じ場所で共通の体験をしていないのに、その場所が二人の人間に同じ印象を残すとか、よく似たとか同じような体験を二人が味わっているなんてこと、まずはあり得ないことでしょうよ、よくもまあそのようなことを!」

無理に歩み寄ろうとする発言と受け止められたようだ。むしろ逆効果で、母親と兄をいらだたせ、二人を呆れさせてしまうことにしかならなかった。

これに続く話し合いでも、来栖の発言はいつも途中で話の腰を折られ、最後までまとまった話ができるところまでいかない。問いかけたことや意見めいたことについては相手から呆れられるか怒りの反応しか得られず、自身のほうはといえば、逆に質問されて弁明に終始するというぶざまなことになってしまった。