およそ三〇分余り弁明に努めた後に、彼は二宮家を辞すことをそろそろ許されるのではないだろうかというようなことまで考え始めた。

しかし、「もう結構です」といった言葉もそぶりも両人から出てこない。

会話が完全に途絶え、間が持たないなと判断したのを汐に、彼は立ち去ることにした。軽い目礼の挙措に暇乞いの言葉を添え、応接間から出ていった。

百合の母親と兄はそのまま居続けたのか廊下にも出てこず、来栖を見送ることもなかった。

自宅に帰ったものの、来栖は他のことに考えを転じるゆとりも持てなかった。百合との関係につき何か見過ごしたことなどなかったかと、これまでの日々を思い起こそうとした。

考えたくもないのに考え続けてしまう。

もしかすると百合の母親と兄は百合と彼の二人が相思相愛の段階まで行きつき、気持ちの面だけでなく体の結びつきまであり得ると推し量っているのではあるまいかというようなことまで臆測する始末だ。

彼から言わせると、つき合ったこともなければ、一度たりと個人的にお互いの趣味や考えを打ち明け合ったこともない。ましてや一緒に旅行などへ出かけ、体験を共有するといったこともない。

このように疎遠な人間関係でありながらも、何か思いが通じ合うとか、同じ気持ちを共有し合うというようなことはあり得ない話だろう。来栖から出てくる想念は行き着く当てもないままに堂々巡りをするばかりだ。

はっきりとした結論など出てくるような事柄ではないという自覚からくるのか、疲れ果てたという気分が残るばかりだ。自らの気持ちを推し量るとか考えてみるといったことを結局は止しにして、その日は早々と寝てしまおうと考えた。

しかしそのように努めたものの、来栖がベッドにもぐりこんで実際に寝入ることができたのは午前をかなり過ぎた頃だった。

翌日目覚めて寝室から居間に出てきた来栖はテーブルの上にある百合の『手記』を目にすると、忌々しいながら昨日のことを思い出してしまった。

百合の母親と兄との話し合いを終えた今となっては、百合の書き残したものを『遺書』と認めざるを得ないのかなという気にもなってきた。

いろんな意味合いで、百合の書き残したものを遺言と受けとめても構わないとする心構えを自分でする気になっていることもある。