その反面、不本意な方向に向かっているという自覚からくる影響もあるのか、目覚めの後はずっと体調の面で何かしっくりこない。このままだと同じ気分がずっと続くような気がしたので、ともかく『遺書』をどこか目につかないところにしまってしまおうとした。捨ててしまう決心までは出てこない。

母親のほうは無理にでも彼に預けるか、引き渡してしまうつもりだったのか、彼のほうは受け身の対応に終始した。話し合いも最後は互いに無言のままだったのに『遺書』だけは受け取ってしまっていた。

少なくとも最後まで読み通して故人の遺志を理解していただきたいと言われたことまで、はっきりと思い出した。何か目に見えない圧力を感じ取り、来栖はテーブルの上に置かれた百合の『遺書』を再び手に取った。

書いた本人への何らかの愛着の念があってぜひ続きを読んでみたいといった類の動機づけではない。強いて言えば後半部に何が書いてあるのか、それを知りたいとのいびつな好奇心だろう。

そしてこれが不愉快な気持ちに勝ったためか、昨日に引き続き、百合が書き記したものを続きから読み始めた。後半部では来栖への深情けというのか、思い込みとしかみえないような感情を勝手に持ち出し、さまざまな配慮を書き連ねている。

「あの方はこれからも私のことなど気にもしないで生きていかれるでしょう。私は目立たない路傍の草花のようなもので、それで良いのだと思います。

私自身もどういうわけであのひとのことが気にかかるようになったのかわからないのですから。初めはしっかりその理由というか、きっかけになるものを覚えていたのに、自分でもそのことを忘れてしまったのでしょう。

最初は、あのひとが初めて我が家の集いにいらしたとき、私は何かしら同じ種類の人間のような気持ちがしたということだけは今でもはっきり覚えています。

どうか私の書いたものもあの方の目に触れないままにしてください。そのようにお願いします。

この手記で百合という人間が生きていたということがお母様や守兄さんたち、家族の記憶の中にはっきりと残れば、私はそれで充分です。

死ぬということについては、何も確証めいたことは言えもしないし、何もはっきりしたことはないのですから。それで私は充分に満足です。

この手記をたまたま見つけ出し読まれるようなことになれば、それはそれだけに留めておいてください。あの方に知らせる必要などありません。

私の死んだ後、あの方のこと、よしなに頼みます」