旅の終わり

小田原城を後にした光秀一行は、箱根山麓の湯本宿にて一泊し、翌朝は早朝に発ち、箱根山を一挙に越えて夕刻には三島宿に辿り着いた。それから、東海道を西に向かい、三日目には駿河府中の今川館に到着した。

今川館は戦国大名の城というより、公家の邸の様相で、平城の周りを安倍川から引き込んだ水で堀となし、松の並木に囲まれた優雅なたたずまいを見せていた。

光秀が大手門を尋ねると門番が、「募集の浪人者は、厩(うまや)口のある裏木戸に回れ」と槍の柄で指図した。光秀が北条氏政の紹介状を取り出すと、門番は驚いて奥に引っ込み、侍大将風の武将を引き連れてきた。

「拙者は今川家の侍大将朝比奈泰朝(やすとも)である、北条家の添え状をお持ちと伺ったがその方は何者じゃ」

「某(それがし)、土岐源氏明智家の浪人明智十兵衛光秀と申す、諸国行脚の途中相模の北条家に立ち寄り、北条氏政殿に頼まれ、今川の殿様に土産物を持参いたしました」

「それは大儀であった、その添え状とやらを見せてみよ」

光秀が文を渡すと泰朝は目を通し、

「曽我の梅干であるか。大殿の大好物じゃ。その他に種子島という珍しい物をお持ちだと聞くが披露致してくれぬか」

「それでは御庭を拝借致します」

光秀は大手門を入った横の武者溜り裏の庭に案内された。

「あの一町ほど先の松の枝に何か的を吊り下げてください」光秀が言うと泰朝は周りの門番たちに命じ、槍の稽古で使う藁(わら)人形をぶら下げさせた。光秀は慎重に硝薬を充塡し実弾を込めて、一町先の藁人形に照準を定めた。

「轟音が致しますので、お耳を御塞ぎください」

「ドーン」大きな音と共に、一町先の藁人形は大きく揺れて藁くずが周りに飛び散った。泰朝が駆け寄って確認すると、藁人形の中央部が見事に貫通されていた。

「見事な物じゃ、我らはやがて上洛を目指しておる。上洛のためには第一関門として尾張の織田家を討伐せねばならぬ。我が間諜の調査だと信長はその種子島を大量に取り入れていると言うが本当か」

「はい、織田家では、堺に専門の買い取り人を派遣し、大量に収集致しておられます」

「それでは我が方も、急ぎ種子島とやらを取り入れねばならぬ、その方、堺の商人で種子島を取り扱っている者を誰か知らぬか」

「はい、堺の納屋衆の千宗易様と親しくさせていただいております、上方に帰りましたら宗易様にこちらにお伺いするようお伝えしましょう」

「ところで、その方これからどこに参る」

「ひとまず京に帰り、しばらく留まり、また何処ぞに見聞に参ろうかと思っております」

「どうだ、これから尾張の織田家の動きを探って、こちらに報告致してくれぬか、幾ばくかの手当をはずもう程に」

「有り難きお申し出ではありますが、また何処に旅立つやらもしれませんのでお引き受けいたしかねます」

「分かった、殿も、大殿も今忙しくしておるので、貴公の事は拙者から伝えておこう。道中くれぐれも気を付けて参られよ」

泰朝は駿河の名物ウナギの肝干しを土産にと、持たせてくれた。光秀一行は、駿河から東海道を西に向かい、遠江、三河、尾張を経て、伊勢を回り、伊賀、甲賀から宇治を通り、京の都に帰った頃には秋風の吹き始める季節と成っていた。