男衾法律事務所
第一章 貸金返還請求 1
法廷においてこちらも条件によっては分割払いに応じる意思があることを裁判官に伝えると、非常勤の裁判所職員である司法委員が間に入って進行することになり、別の部屋に移動した。
まずは相手に部屋の外で待ってもらい、先にこちらの意向を確認された。
「被告は三十六回払いを希望していますが、どうですか?」
「十二回でしたら和解できます」
「十二回じゃなければだめですか?」
「とりあえず被告に確認してみてください」
「分かりました」
こちらが部屋を出て相手が入ったが、五分もしないうちにまた交代になった。
「十二回は無理だそうです」
「では、何回なら可能なのですか?」
「三十六回です」
――分かってるよ――
そういうことを確認したかったのではなかった。司法委員が相手から聴いてメモした給料の金額を読み上げ、
「他にも返済があるようなので十二回は難しいみたいです」
とこちらに譲歩を求めてきた。
「では、間をとって二十四回なら和解します。もうそれ以上は無理ですので、『判決をとって給料を差し押さえる』と伝えてください」
「分かりました」
交代してから部屋の外で二十分ほどが経過した。
「お入りください」
司法委員が部屋の外に呼びに来た。交代ではないということは和解できることになったか、またはこれ以上やっても和解できないということだ。
「二十四回払いで応じるとのことですので、和解条項をまとめます」
相手の給料の金額が事実であることを前提とすると、判決をとって給料を差し押さえても二十か月以上はかかってしまうので、本件では二十四回でも和解した方がメリットがあった。
給料を差し押さえられたことによって勤務先を解雇されたり、相手が破産したりして、回収できなくなってしまうこともある。さっそく依頼者に報告するために電話をかけた。
つながらなかったので、留守番電話にメッセージを入れた。
「二十四回で和解してきたよ」
古谷南に報告した。古谷は、知り合いの事務所で弁護士の修習をしていたのだが、「就職先の事務所を探している」とのことで来てもらうことになった。
勤務していたパートの事務員が家庭の都合で退職してしまったため事務員の募集はしていたが、弁護士の募集はしていなかった。事務所を拡大するつもりはなかったが、五十歳になって一人で仕事を回すのはきつくなってきたので、縁を信じた。