男衾法律事務所
第一章 貸金返還請求 1
「このような手紙が来ました」
六十代の女性の相談者がバッグから封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。
宛先には「笠幡進の親へ」と書いてある。
「中を見ていいですか?」
「どうぞ」
一枚の手紙が入っていた。
「笠幡進に令和元年六月十日に十万円を貸しましたが、これまで一円も返してもらっていません。親として責任をとって返してください。分割でもけっこうです」
それに続いて振込先と差出人の名前と電話番号が記載されていた。
「この進さんは、お子さんですか?」
「はい」
「進さんは実際に借りているのですか?」
「分からないのです」
「確認はしていないのですか?」
「半年前に家を出てから、帰ってきていないのです」
「連絡はとっていないのですか?」
「はい、携帯電話もつながらなくなっています」
「進さんは何歳ですか?」
「四十一歳です」
「進さんがお金を借りるときの連帯保証人になったことはありますか?」
「ないです」
「それでしたら、親だとしても子どもの借金を返済する義務はありませんので、放っておいてかまいません」
「でも、何をされるか分からなくて、怖くて」
「それでしたら、費用はかかりますが、弁護士である私が代理人になって、支払う義務も意思もないことを相手に伝えましょうか?」
「そうしていただけると助かります」
「分かりました」
契約書の記載を説明したあと、
「一般論として、子どもが亡くなった場合には、親が借金の返済義務を相続することになる場合もありますので、そのときには相続放棄の手続が必要になります」
と相談者と目を合わさずに付け加えた。
「西宮さんですか?」
手紙に書いてあった名前だ。
通常は書面を郵送するのだが、相手の住所が分からないので電話をかけた。
「おまえ、誰?」
「私は笠幡進さんの母親から依頼を受けた弁護士の男衾と申します」
「で?」
「進さんの親に貸金の返済を求めていますが、親でも返済義務はありませんので」
「知ってるよ」
――そういうやつか――
「支払いはしませんので、今後は請求しないでください」
「関係ねえよ」
「母親こそ関係ないですよ」
うまく返したと思った。
「追い込むよ」
「その場合には、こちらも法的措置をとります」
「やれるもんならやってみろよ」
電話が切られた。電話番号から契約者を照会することはできるのだが、このような相手は他人が契約している携帯電話を使っている可能性が高い。
笠幡進の母親に報告し、不審なことがあったら連絡するように伝えた。