ふれあい

プライバシーの面では隠し事が出来ない。すべて丸見えの世界である。だから連帯意識もあるが、反面都会から来た人には鬱陶うっとうしい感じがするだろう。

嫡子が結婚する時は必ず近所の人は披露宴に招かれる。勿論それなりのご祝儀は持参しなければならないが。又、家を新築した時も隣近所の人を招いて、家の内部まで案内し披露する。

そして一席を設ける。自宅で出来ない場合は近くの料亭で行う。そんな事を知らない私などは、引っ越してしてきた時、家の披露も何もしなかった。

まあ知らぬがほとけで、又そんな風習を転入者が知っているわけがない。近くに若い人が越して来ても、別に余計なアドバイスなどはしない様にしている。

更に、玄関は、昼間は開いているので、近所同士だと、訪れた時も勝手にズカズカと上がり込んでしまう。

「こんにちは!」

と声を掛けるのはそれからだ。流石に最近は、玄関については行政区の区長が、防犯上施錠を呼びかけているが……。小冊子に随筆

「郡から市へ……」

を書いたら、関西の読者からのハガキに、

「外部から見たら郡の方が風格、年輪があって良さそうに思えますが、やはり当事者にはいろいろ問題があるものですね」

と書いて来られた。私も"郡"の方が、言葉的には好きである。郡は《こおり》と呼び、昔は権限もあり、それなりの重みもあったのであろう。今の郡は確かに呼び名のみで、そう言えば、郡役所もないし、郡代議員もいない。名目的な存在で実体はないようだ。

いろいろ物理的に不便な面も多々あるが、我々夫婦も、人情に富んだ半島の人々との付き合いが深くなって来た。たとえ郡が市になっても、中身は変わらない土地であって欲しい。

「すんだ海、すんだ心、すんでみたいな桜井の里」

海岸に行く道路の端にこんな立て看板がある。

平成二十一年五月