「ふふ、おまえにはいつも驚かされるな」
「なにがですか」
「名前だよ。まさか江戸時代の生まれとは、言い出さないよな」
「世迷い事を。そうに決まっているではありませんか」
わたしは開いた口が塞がらなかった。これには驚かずにいられない。
「まさか、本当か」
「こちらも訝しんでいたのですよ。あなた様の格好はどう見ても、東洋のものとも西洋のものとも似つかない。どうやらあなた様とは、生きていた時代が根本的に違うようですね」
わたしは二の句が継げなかった。船頭役が江戸時代生まれなんて、俄かには信じがたい。だがこの場所ではなんだって起きている。常識を振りかざしても意味がないことは、すでに学んでいる。
「これは参ったな。羽田殿、今まで年下と侮っていたことをお許しください。江戸時代生まれの先達とは気づかず、不遜な物言いをしてしまいました」
「構いませんよ。実年齢はあなた様のほうが上のようですし。それに気を遣われると萎縮してしまう性でして、此処はひとつ、庄兵衛と呼び捨ててください」
「しかし」
「お気になさらず」
相手も頑なに譲らず、しぶしぶながら、こちらが折れることにした。しかし羽田庄兵衛か。頭のなかでその奇妙な名前を反芻していると、なぜだか分からないが、引っかかりを覚えた。こんな酔狂な名前の知人、いるはずもないのに。
「庄兵衛という名前、どこかで聞き覚えがあるんだよな」
「それは嬉しい限りです。『袖振りあうも多生の縁』と言いますから、在りし日の御縁かもしれません。ささ、これから方向転換で舟がゆれます。御注意を」