2.失行
運動機能の障害はなく、手足を動かせるのに、まとまった動作や行為ができないことをいいます。たとえば、挨拶の諸動作ができないとか、箸などの道具が使えない、図形がうまく書けないといった不都合が生じます。そのため、日常生活が上手くできず、家族もどうしてかといぶかることが多くなります。
考えてみると、ヒトは日常的に複雑な動作をヤスヤスとやっています。これらの動作を当たり前のことと意識もしないで、毎日を過ごしているのです。
ところが病気になってみると、込み入った動きをいかに繰り返していたかを思い知らされます。たとえば、道具を使わない動作がうまくできない:眼をつぶったり/つぶっていた眼を開ける、口を開けたり/閉じたりする、舌を出したり/引っ込めたりすることができない、などです。
少し複雑な動作になると、口笛を吹いたり、起立したり、歩くことができないということもあります。これを肢節運動失行と呼びますが、手の指を次々に曲げたり伸ばしたりができないのを手指失行といいます。
顔の筋肉がうまく動かせないことを顔面失行といいます。立つとか、歩くとかができないのを起立・歩行失行といいます。下肢の力は十分あるのに、起立できない人は多く認められています。動作がうまくできないのは反対側の大脳運動領域(中心前回)に障害があるためです。中指と薬指を曲げて、親指とくっつけ、人差し指と小指を伸ばす、いわゆるキツネの形ができなかったり、鳩テストでは掌が自分の体の方に向いていないことがあります(図1)。
ジャンケンでチョキの形ができないとか、上肢や下肢で空中に三角形が書けないなどの障害を、観念運動失行といいます。左側(優位半球)の頭頂葉下部の障害があると、これらの異常が生まれます。紙に複雑な図形を書いてもらおうとすると、失行のある人は書けません。次の(図2)を模写することができないことを構成失行といいます。
今まで使っていた日常的な道具(箸やマッチ)が使えないことがあります。たとえば、マッチをわたして、タバコに火をつけるといった動作ができなくなります。また、靴の紐が結べない、歯磨きができない、古新聞を束ねられない、などの不都合が現れます。
物の使い方の手順がよく分からないという障害を観念性失行と呼びます。左側(優位半球)の頭頂葉の広い部分に障害があると観念性失行が起こります。衣服を後前逆様に着ることが認知症ではしばしばみられ、これを着衣失行といいます。着衣失行は右側(劣位半球)頭頂葉~後頭葉の障害で起こります。
軽度認知症の人は着衣失行にショックを受けますので、前後のない簡単な衣服を使うと感情障害が良くなることもあります。失行によって字が書けないこともあります。観念運動性失行、構成失行、観念性失行が重なり合って字が書けないので、これを失行性失書といいます。