亡霊酒場
「ああ~須戸司令官。負荷が限界に達してこっちのホスト・コンピュータもダウンしてしまいました」
「山田くんご苦労。これじゃしばらく商売にならんな。フジオカは無事か?」
「かなり心に負荷を受けていると思います」
「お嬢様ご心配をお掛けしました。亡霊酒場に吸い込まれた多くの人々の怨念、とりあえずハラスメントです」
「おーフジオカ無事戻ったか。よかったよかった」
「死神湖はしばらくは動かないでしょうが、またいつか復活してくるやもしれませんね」
「フジオカ、お前死神湖のこと昔から知っていたのか」
「はあ? いいえ。何か?」
「いや、なんかそんな気がしたんだよね」
「お嬢様こそ、死神湖とは何か因縁が?」
「ああ、いわば親の仇だ」
それを静かに聞いていたフジオカの顔にもかつて見たことがないような暗い影が差していた。
桔梗の里
ホスト・コンピュータの復帰に日数がかかり、『怨み・ハラスメント』はしばらく休業となった。
怨み・ハラスメントのメンバーの一人、桔梗はこの休みを利用して、桔梗の生まれ育った風魔の隠れ里山梨県と神奈川県の県境の村に向かった。
桔梗が十六歳まで過ごした、国道四一三号から山中に分け入った林の中の斜面の土地は隠れ里が撤去された後すぐに更地に整地され『道志村の隠れ里』と呼ばれるキャンプ場になってしまっている。
「もう十年たつのだな……」
桔梗が幼少のころから忍術の手ほどきをいちから受けた老師はすでに亡く、生まれ育った里を思い出させるものは、山肌から下りてくる心地よい夏風の匂いだけだった。
風魔とは、戦国時代相模の国で活動した忍者の集団で、北条氏の第三代当主・北条氏康の時代から主家滅亡までの間、北条氏に仕えていた。
主家の滅亡後は江戸近辺で盗賊として活動したが、密告により一網打尽にされたと言われている。箱根登山鉄道の小田原と箱根湯本の間にある『風祭』駅の近くに風間谷という地名があり、風魔がここを根城にしていたという説がある。
江戸時代まで幕府に仕えて各藩の密偵などをしていた『忍者』だったが、明治時代に入り、江戸幕府から明治新政府へ政権が移ると、警察や日本陸軍・海軍が創設され、忍者もその役目を終えることになった。
活躍できる場を失った彼らはその後、陸軍や警察関係の職業など、技能を活かすために新たに創設された職に就いた者や、明治になって職業選択の自由ができたことから全く違う職に就いた者など、組織だった活動は無くなり、それぞれの子孫が現在に至る。