怨み・ハラスメント
日本一大学のアフリカン・フットボール選手、萩原健一郎が、試合中に首の骨を骨折して死亡するという痛ましい事故が起きた。
そんな時、闇の非合法のサイト『怨み・ハラスメント』に一つの投稿が届いた。差出人は、匿名ではあったが、萩原健一郎の恋人・檀かおりであることが、後から分かった。
日本一大学の上層部の悪事を告発します。日本一大学の理事で、現アフリカン・フットボールの監督・外田立雄は日常的な選手やコーチへの暴力・パワハラに加え、趣味が女子学生へのセクハラという最悪の人物です。
私の恋人、萩原健一郎は、外田の孫娘との無理な縁談を押し付けられていました。私はお互いの身の安全のために別れようと提案したのですが、たまたま私の妊娠が発覚し、責任感が強い健一郎は、外田からの縁談をきっぱりと断りました。
その直後に起こったのがあの事故です。あれは競技中の事故に見せかけられてはいますが、試合中のどさくさに味方の選手に首にタックルされ、首の骨を折られたのです。
外田からの指示であるという複数の証拠もありましたが、すべて権力でもみ消されました。
私は絶望して、自殺サイトなどを彷徨っているうちに、このサイトにたどりつきました。どうか健一郎さんの仇を取って下さい。
真っ暗なスタジオの制御ルームのような機械的な匂いのする部屋には不釣り合いな、ベルサイユ宮殿風の十二単に身を包んで、籐の安楽椅子に身を沈めた、一見お嬢様風の女性。
闇サイトの管理人で、『怨み・ハラスメント』の女司令官・須戸麗花である。傍では、ソーシャルディスタンスの距離を保って、まるでモビールスーツのようなダークスーツにその屈強な筋肉を隠した、顔立ちの整った寡黙そうな男が見守っている。
執事兼用心棒のハインリヒ・フジオカだ。須戸麗花はフジオカに尋ねた。
「フジオカ、この投稿どう思う?」
「はあ、本当なら可哀そうな話ではありますが、私共は基本、見返りがないと動けませんので」
「ああ~そうだな。よしこの投稿の真意と登場人物のプロフィールについて、山田くんに徹底的に調べさせろ」
『山田くん』こと山田康夫は、『怨み・ハラスメント』の情報関連担当。表の顔は落語の演芸番組の座布団運びなんかをやっているが、一度パソコンに向かうと、CIAのセキュリティも突破してしまうほどの凄腕のハッカーだ。
二〇〇インチはあろうかという巨大なモニターに、真っ赤な色紋付を着たもじゃもじゃの髪の毛の年齢不詳の男が映し出された。山田くんからの返事だった。
「はいは~い山田でございますよ。『事の真意』と掛けて『心の病』と解く。その心は、『しんいん性』でございます」
「つまらん、座布団取れ! さっさと報告しろ」
「は、はい司令官。どうもこの投稿の内容は事実のようですね。ネットでの噂とか周囲の聞き込み、今までのデータなどを総合すると一〇〇%クロです。不鮮明ですが試合中の動画をあげて疑問を呈してた投稿もありました。すぐに消されてましたけどね」
「やっぱりそうか。山田くん、それじゃこの画像に適当な煽りのコメント入れて、SNSに出しまくってくれない?」
「ええ? この不鮮明な映像じゃちょっと弱いっすよ」
「ああ画像なんて適当にバレないように加工しちゃっていいから、インパクトのあるやつ頼むね」
フジオカはその太い眉を少し顰め、いぶかしそうに尋ねた。
「麗花お嬢様、お言葉ですが、これが何かうちにとって得になることでも?」
「まあ、いいからいいから。そうだ、桔梗ちゃんも呼んどいて」
「桔梗を、ですか……」
桔梗は、フジオカと同じく『怨み・ハラスメント』の実働部隊。普段は人気者の大道芸人だがなんでも風魔の忍者の末裔とかで、身体能力が抜群で武道も達人。その上その美貌で男を騙す腕にも長けていた。
桔梗を呼ぶということは、お嬢様も本気だな、とフジオカは思った。山田くんの拡散した画像はすぐにネットで話題になり、マスコミや世論が日本一大学を叩き始めた。
外田は仮病で病院に雲隠れし、実際は高級ホテル暮らしをしていた。外田はいっちょまえにストレスが溜まったらしく、一日に数人の女子学生をホテルに呼ぶようになっていた。
フジオカと桔梗が始動した。まず桔梗は、日本一大学に潜入して学生に成りすまし、すぐにその美貌で学校役員たちの目にとまり、半ばパワハラのような脅迫で外田理事の相手をさせられることになった(ことに成功した)。