須戸麗花・IQ265の孤独
IQ265の須戸麗花は、三歳の頃から線形代数の方程式などで遊んでいて、神童といわれていた。
歴史上の著名な発明家や物理学者でさえIQ160から190くらい。
現代では少数の天体物理学者や数学者でIQ200以上の人物がいるといわれている。
須戸麗花は、自分が気持ち悪さを感じるもの、自分の価値観を脅かそうとするものが小さな時から大嫌いだった。
子供のころ、決まってみる同じ夢があった。
薄暗い夕暮れか、夜明け前の公園で、自分がブランコに腰掛けている。
そこへ、闇の声が囁く。
「この世の中すべての人間は、黒と白どちらかに塗り分けられている。生まれつき黒か白かに塗り分けられている者もいれば、大人になる前にどちらかを選択できるものもいる。さあ、お前はどちらを選ぶ?」
この夢を見るときは、麗花はいつも全身が金縛りのようになって動けず、起きると汗びっしょりで、非常に嫌な気分だけが頭に残っていた。
世の中が見えてくるようになって、そんな単純なことではないことは分かったが、生まれつき人生の生き方が塗り分けられている人が大勢いることは理解できた。
須戸麗花は、八王子の医療刑務所に収容されている吉岡純の父親、吉岡吾郎に面会することにした。
「まあ、根は朴訥でいい奴なんでしょうけど人を食った男ではありますね。息子が殺したと疑われている娘の家に、なんとカボチャを持ってお詫びに行ったっていうんだから、まあ空気が読めないというかなんというか……」
「吉岡、面会だ。出ろ」
「……面会?」
吉岡吾郎は、面会室に連れてこられた。
「……え~っと。あの~、どちらさんでしたかね? こういう世間と離れたところに籠っていると、とんと記憶が飛んじまって」
「須戸麗花です」
立ち会いの係員が驚いて、麗花の顔をちらっと一瞥したように見えた。
吉岡吾郎は少し考えて、
「……あなたは、弱冠十四歳で世界物理学賞の共同受賞者に名を連ねた、科学者さんじゃないですかね」
「私の研究のこと、知っているんですか」
「いや。その研究の『ナノイー理論』だかはさっぱりなんですが、週刊誌のグラビアとかで読んだことがありますぜ」
「その才媛の科学者さんが、一体あっしになんの用で?」
「あなたの奥さんと、息子の純さんの話をお伺いしようと思いまして」
「妻と息子の? ああ、思い出したくもない事件でさあ……」
「なんでそんなことをお聞きなさるんで?」
「私の父親は須戸零士です。そういえば分かりますか」
その名前を聞いて、吾郎の顔色が変わる。
「まさか、あの弁護士の……」
歩きスマホをしていた女子学生がビール瓶で殴り殺されるという『椴法華事件』で、犯人と疑われた吉岡純の弁護を最初に受け持ったのが、須戸麗花の父親、須戸零士だった。
須戸零士の努力の甲斐なく、吉岡純は起訴されてしまうのだが、その後吉岡純はロシアに失踪。
その頃急に勢力を持ちだした、『アニオタ病を支援する会』の代表西崎海苔天という男から、アニオタ病の吉岡純を守れなかったという理由で須戸零士はバッシングを受け、ついには法曹界からも抹殺されてしまうことになる。
零士はその後失意の後に病死。妻の須戸理都も後を追うように死亡した。