お客様は眠りのなか
深夜0時。タクシー乗り場に26〜27歳くらいのサラリーマンがお二人、立っておられる。話すこともなさらず……。
ドアを開け、お声掛けする。
「お待たせいたしました! どうぞ、ご乗車くださいませ」
すると、お一方様だけが倒れ込むようにご乗車なさる。そして、外の方が、
「戸塚まで!」
とおっしゃりドアを閉められた。(いやいや。酔っ払いをタクシーに任せるのはやめてほしいなぁ……)
閉められたドアを開けて、外のお連れ様にも聞こえるように、
「お客様〜! 戸塚のどちらですか? 私、そちら方面、不慣れなので、よろしければ、ご自宅のご住所をお願いします」
「うーん……」
タクシーの場合、『乗車拒否』をしてはならない。だが、行き先を言えないほど酔われている方は『乗車拒否』できる。ご住所を伺うのは、お客様の意識確認をするためでもある。あとは、眠ってしまわれた場合、困らないように、ご自宅までの住所を伺っておくようにもしている。
「戸塚までです!」
外の方が再度おっしゃる。
「申しわけございません。この状態ですと、行き先の詳細もわからないので……」
乗り込まれたお客様は、すでにおやすみモードに入っておられる。すると、外の方が眠られているお客様をバシバシ叩いて、
「家の住所は?? ね! 起きて!」
「うーん……住所はぁ……」
「そう! 住所! 戸塚のどこ!?」
時間はかかったがご住所を聞き出せた。ナビを設定する。
(やだなぁ……着く頃には絶対に寝てしまわれる。支払いとか大丈夫かな? ま、行くだけ行ってみるか!)
「かしこまりました。お送り致します。シートベルト締めていただいてもよろしいですか?」
お連れ様が慌ててシートベルトをしてくださった。
「ありがとうございます。ドアをお閉め致しますね」
お連れ様が、ホッとしたように大きなため息をつかれた。
「お客様〜! 出発致しますね〜!」
なかのお客様に大きい声でお声掛けする。そして、外のお客様に軽く手を挙げ、車を出した。
「ご乗車ありがとうございます。私、○○交通の一森と申します。安全運転でお送り致します」
聞いていないと思いながら……。お客様はすでに夢心地。現在、シートベルトは後部座席も義務化されている。なので、ご乗車いただいたお客様の全員にお声掛けしています。シートベルトの「する」、「しない」はお客様にお任せしていますが……。
さきほど、お連れ様にシートベルトをお願いしたのは、酔われている方は大抵、横になって寝てしまわれるから。その場合、途中でハッと、起きたときに身体を起こすのですが、それをきっかけに嘔吐しやすいのです。
身体を固定することで、安全確保と嘔吐防止になるので、シートベルトをお願いしました。
あまり激しい揺れにならないようにし、グッスリ眠られているお客様の様子を見つつ、運転する。道はガラガラ……。