狼の唄

突然、奇妙な音があたりに響き渡った。

ラウルはぎょっとして音のする方を振り向いた。

ベス……!?

ラウルは目を疑った。馬上のべスの口が動いていた。それは奇妙な抑揚よくようの、歌のようでもあり、詩を朗読するような音のつながりだった。

音はベスの声のようだったが、地面から直接響いてくるような力強い轟音ごうおんにも聞こえた。音はわずか数秒間続き、ふいに止まった。

ラウルははっと我に返り、首領の狼を見た。狼もまた、凍りついたように硬直している。

次の瞬間、ラウルは狼と目が合った。合ったような気がした。

まるでビクタスと通じ合っているときのように、その獣と心が通じ合ったような錯覚さっかくを受けた。

(引け!)

ラウルと獣は同時に心の中で叫んだ。半秒、狼の方が速かった。首領は鼻を高々と空に向け、ウオーンと遠吠とおぼえの声を上げた。

そして次の瞬間、ラウルをちらりと見ると、突然森の奥へと疾走しっそうした。

背後の狼たちもそれに応えるように、短い遠吠えを返し、リーダーを追って森の奥へ走り去っていった。

ラウルはしばらく、ほんの数秒のことだが、茫然ぼうぜんとして立ちすくんだ。それから剣に付いた狼の生々しい血を、一振りして払い飛ばした。

一体何が起こった? 彼女が何かしたのか? 今のは何だったんだ?

ラウルは険しい顔をして、べスを振り返った。

「べス! 何が起こった?」

ラウルは馬に詰め寄った。

「君は何をしたんだ?」

強い口調で問い詰めてから、ラウルははっとした。ベスは馬上で真っ青になって、声もなく震えていた。そしてラウルの声に気が付いたように、ゆっくりラウルを見た。

「ラウル……。」

ベスはおびえたような声をしていた。

「……顔に血がついてるわ。」

ベスは恐怖で放心しているように見えた。ラウルは急いでベスの方へ近寄り、馬から降りるのを手伝った。彼女は氷のように冷たくなっていた。ラウルは彼女の肩に手をかけて、ゆっくりたき火の前に座らせた。

「ごめんなさい。ラウル、私怖くて悲鳴を上げたのよ。あんなにたくさんの狼に囲まれて。ラウルひとりで。」

ラウルはさきほどの狼との奇妙な瞬間を思い返した。あの音を。あの不思議な歌を。あれは悲鳴ではなかった。