こう説明すると、エリザベスも幾分か安心したように見えた。紅茶を少し含んだだけの朝食だったが、気持ちはかなり重苦しそうだ。慌ただしくチェック・アウトを済ませ、ローマに引き返すことになった。

その途中、エリザベスは気の毒なほど大きく落ち込んでいた。悲しみをたたえた瑠璃色の瞳は赤く充血し、肩を大きく上下させながらメルセデスを運転するその様子は、次々に明らかになる秘められた過去に、大きいショックを覚えていることは明らかだった。

しかし同時に、唇を真一文字に締め、これから更に明らかになるであろう新たな真実に抗う勝気な様子が、緊張感の溢れる車の中にも伝わってきた。恐らく昨晩は一睡も出来なかったのに違いない。

ローマ・フィウミチーノからロンドン・ヒースロー空港へ戻った折、バッゲージ・エリアから外に出ると、驚いたことに心地が出迎えに来ていた。

「よう宗像。今日は、エリザベスさん。実は、道々話したいことがあって空港まで来ることにしたよ。磯原さんから話のあった、例のルッシュ現代美術館の展示コンセプト見直しの件だ。いや、先ず車に乗りましょう。エリザベスさん、さあ荷物をこちらへ」

車寄せに一台のワゴン車が横付けされていた。乗り込むと内部はかなり広く、客席のシートは向き合いの配列だった。

エリザベスと宗像が後ろの席に並んで座り、心地は前の席から二人に見合うかたちで着席した。

「まず例の話から片付けようか。磯原さん依頼の件だ」

「おお、それでどうなった?」

「結論から先に言うよ。ありがたい話かもしれんが辞退させてもらうことにしたい」

「何、辞退する?それは、またどうしてだ?」

宗像が大きい声を出したので、エリザベスが耳をそばだてることになった。