邂逅─緋色を背景にする女の肖像
この夜遅く、ロンドンの心地から宗像の携帯に電話が入った。
「まだ起きていたか? 夜遅く申し訳ないがコジモ・エステの話はどうだった? まあ、それは次回にでも聞くとしようか。ところでお前、明日はフィレンツェからリスボンへ直行するのか? だが、できればロンドンに立ち寄ってからにしてくれないか?
お前さんから頼まれた例の調査だ。そうだ、A・ハウエルについてのことだ。モーニントンさんに頼んでおいたのだが、何か分かったらしい。明日、ぜひお前に会って話をしたいようだ。それに彼女、面白いものを手に入れたので、それも見せたいそうだ。エリザベスさんもご一緒してもらいたいがどうかな?
明日の午後、ナショナル・ギャラリーの美術資料部で会おう」
考慮する余地もないほどの一方的な言い方である。だが、この強引な態度から判断すると、A・ハウエルのことで何かが分かったらしい。宗像に残された時間はあと五日間になった。
「よし分かった。エリザベスさんには明日の朝、話をしてみるよ。それからチケットを取ることにする。飛行機の時間が分からないが、夕方には美術館に着けるだろう。便名が決まったら電話を入れよう。
しかし心地、エリザベスさんのことは絶対秘密だぞ。フェラーラの絵については、あくまでも彼女の個人的興味によるものとしておいてくれよな」「十分心得ている。では、明日夕方、ナショナル・ギャラリーで」
翌朝、緊張感のためか六時前に目が覚めた。
ベッドから抜け出て窓に近寄り、カーテンを細く開いて外を窺ったが、やっと辺りが白み始めたばかりでまだ薄暗い。芝生の上には真綿のような靄が大きく広がって流れ、周囲の木々の緑は墨絵のように深くて暗かった。東の空が上方から地表にかけて、グレー、薄青、そして黄色と、刻一刻と変化していた。
細く開けたカーテンをいったん、元の位置まで戻そうとした瞬間、庭の一角にあるプールサイドのその先に、一人の女性が佇んでいる姿が目に入った。
俯きながらゆっくり歩いては立ち止まり、立ち止まっては上を仰いでいる。それは誰あろうエリザベスだった。
覚悟していたとはいえ、コジモの口から漏れ出た事実らしき話が大きいダメージを与えたようだ。どうしたら彼女を支えることができるだろうか。
朝食の席で、宗像は心地からの電話の一件を伝えたが、エリザベスはやはり相当動揺している様子で、
「よろしくお願い致します」とただ一言言っただけだった。
「心地もモーニントンさんも凄く堅い性格ですから、プライバシーは完全に守れるはずです。それにフェラーラの絵に関しては、あくまでもあなたの個人的な興味と言ってありますから」