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春の日に

一つにはこの娘、大層よく食べ、よく寝、殆ど病気もせず、快活によく話し、ありとあらゆることを知りたがる、誠に憎めない子供であったからである。よく聡順は、百合が男の子であったならと思わずにはいられなかった。親のひいき目を抜きにしても、もし百合が男の子であったら、きっとひとかどの人物になるのではとの思いが、心のどこかにある。

「ほう、母であるそなたでさえ見放すか」

聡順は狼狽(ろうばい)を隠すため、おどけてそんな言い方をした。しかし深雪はあくまでも真面目に言葉を選んでいる。

「いえ、決してそういうわけではありません。あの子もきちんと女子らしい格好をさせ、髪も結えば、それなりに愛らしくなるのですから。ただ、あの子に今女子としての所作や心得、家のことなどしつけましても、あまり身に付かないどころか、籠の中の小鳥のようにじれて、胸が破れてしまうのではないかと気がかりでなりませぬ。女の子も綾菜ぐらいの年にでもなりましたら、体も変わりますし心持ちも違ってまいります。それからでも遅くはないのではないかと……」

聡順は(しばら)く深雪と共にじっと百合の動きを見つめていた。確かに百合の動きには聡順の目を引き付ける何かがあった。それが先ほど珍しく聡順の薬研の上の手を止めさせたのである。小さい時から聡順が手取り足取り仕込んだ聡太朗と違い、百合の剣術は見様見真似で一見めちゃくちゃなようだが、不思議に動きに切れがあり、無駄がない。勿論力量には圧倒的な差があるので、聡太朗も適当にあしらっているのだが、時々あしらっているだけではすまないような、たじたじとした動きが見られるのだ。

「分かった、少し考えてみよう」

聡順はそう言いながらまた苦笑した。

「それにしても、いったい誰に似たのやら……」