「名前、名前は言えません」
「やっぱり、悪戯か。名を名乗れぬなんて、さては、お前が殺したんだろう」
「いいえ、殺したのは、俺もよく知っている人だし、沖田刑事さんもよく知っている人なんです」
「ならばいい。早く、その人の名前を言え」
「……それは、俺の親父なんだ。犯人は香村良平なんです」
「何だと、それじゃ、君は、香村稔か?」
「はい、そうです」
「それじゃ、俺はすぐそこへ行くから、公衆電話のある場所を教えなさい。逃げるんじゃないぞ」
沖田刑事はそう言って、受話器を置いた。頭がじんじんとするほど熱くなった。
その夜、沖田は、香村稔から彼が目撃した内容、知っているすべてを詳細に訊き出した。けれども、翌朝、沖田刑事は、普段と同じように勤務に出た。香村刑事を見ると、彼も何の変わった風もなく出署している。それとなく香村の様子を観察したが、どこと言って変化は見られなかった。昼食の後、沖田刑事はしばらく考えたが、香村を呼んで、
「じつは、香村さんに、若山洋子殺しについて、ちょっと話を訊きたいんだが……」
と切り出すと、香村は沖田の目をじっと見つめていたが、
「お話ししましょう。私の方からもお話ししたいことがあるのです。覚悟はしておりました」
低く呟くような声で言った。
「香村さん、香村さんのことはいろいろと噂はあったけれど、信じていました。まさか、香村さんが犯人とは思わないが、もしや、犯人は……」
「はい。じつは大変なことをしてしまいました。だが、沖田刑事、私には一生に一度のお願いがあるんです。どうか、私の話を聞いて下さい」
ぽろぽろとしたたる涙を拭おうともせずに、香村刑事は語り始めた。