そんな恐ろしい病名を、私は説明されるまで聞いたことがなかった。私は生きていくため、大学を中退して父の残した店を継ぐことにした。

父の遺志は聞けるはずもないが、この選択を怒りはしないだろう。全国的に就職難の時代であり、妥当な選択だったと思っている。

幸いなことに、手伝いの期間が長かったため、未熟ながらも瀬戸際で店は続けられた。それは父の友人をはじめとする常連客に支えられていたことの証明でもある。

新しい環境での日々も二年近く経過した頃には、瀬戸際なりに安定感も出てきて、生活に少し余裕が生まれていた。私もまだ二十一歳なんだと、改めて自己を見つめ直す時間ができ、鏡の老け顔に焦りを感じていた頃でもある。

高校の一年先輩である園井佑人そのいゆうとがマートルに現れたのは、そんな六月の初めだった。

「いらっしゃいませ」

扉に取り付けている鐘の音に反応した私は、慌ただしく入口へ顔を向け、狭い店内を見渡している二人組を空いているテーブル席へ案内した。カウンターに四席と四人掛けテーブル三卓しかない小さな店は、これで満杯となった。

まだビジネススーツの初々しい二人は、水とお手拭きが置かれるのを待ってイラスト付きのメニューを指さし、手前に座っている眼鏡を掛けていない方の人が

「ランチセットふたつ」

と声を出した。

最近始めたランチセットのチキンソテーは、火曜日のメニューとして、そこそこ好評のようだ。