その日はバイクの二人乗りをやるような雰囲気ではなかったので、すぐに帰宅した。家に帰ってから、大塚家のことを母に話したら、
「心配ね。さっき、お庭に無花果と、枇杷の木があるって言ってたわね。そういう木があると、家庭内に問題が起きたり、病人が出たりするらしいわ。でも、いますぐ伐採するわけにいかないし、困ったわね。粗塩を持っていって、玄関と各部屋に盛り塩して上げるといいわ。それと、気になったのは彩さんの部屋の位置。北西だったでしょ? その場所は子どもを親より強くし、悪くさせるから場所を変えないと!」
母は方位学をやっていた。家相とか地相に精通していた。それにしても、盛り塩くらいならできるが、彩さんの部屋の位置を変えるのは無理だろう。もちろん樹木の伐採も無理だ。母がいろいろアドバイスしてくれたけど、僕にできることは、ほとんどない。
二日後、大塚家に行くと、いつものように夫人が出迎えてくれたが、元気がなさそうだった。
「今日、病院でCTの検査と細胞検査を受けました。結果は一週間後らしいんですけど。子宮に何かができてると言われました。細かいことは、いずれわかるでしょうけど、とにかく、私は病院が苦手でして。手遅れだったら、どうしようかしら」
そう言いながら苦笑いをした。でも、そんなに深刻な表情をしていなかった。不幸に慣れているせいか、彩さんのことのほうが心配なのか、そのときはわからなかった。ただ、側で見ていて不憫でならなかった。
「大丈夫ですよ! たいしたことないと思います」
僕は夫人を慰めるつもりで言ったが、母からいろいろ聞かされていたので、何となく気持ちを込められなかった。それが夫人にも通じたのか、僕の言葉は夫人には何の励ましにもならなかった。
「まあ、何とかなるでしょう。人生は、なるようになるでしょうから」
でも、夫人の顔は決して明るい表情ではなかった。
確かに、人生はなるようになるものだろう。この夫人は、それを信条に生きているのかもしれない。でも僕はこの夫人の人生に、そこはかとない悲哀を感じていた。何か諦観みたいなものを覚えた。
彩さんの部屋に入ると、彩さんが、
「ママ、病院に行ったよ。ウチが強く言ったんだ。もし、行かなかったら、ウチも学校に行かないからって言ったら、嫌々だけど今日病院に行った」
と少し誇らしげに言ったが、すぐに顔を曇らせ、
「でも、検査結果が心配だけど……。ガンとか何かだったら、ヤバイよね。死ぬかもしれないし」と沈んだ声になった。
「大丈夫だよ。まだ、若いし、煙草とか酒とか飲まないんでしょ?」
僕は努めて前向きなことを口にした。
「ワインは飲んでるよ」
「そっか。でも大丈夫だよ。検査の結果はいつ?」
明るい話題が少なくて、気分が晴れなかった。何気なく窓の外を見ると、月の光をほの暗く浴びている無花果と枇杷の木が眼に入った。そうあって欲しくないが、これらの樹木が大塚家の未来を暗くしているのだろうか。僕はそんな気持ちを拒めなかった。
「まあ、いまから心配していてもしょうがないから。勉強やろうよ」