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血の糸
香村良平刑事の次男坊である稔は、パチンコに夢中になっていた。
今年の春に再挑戦した大学験に失敗し、今は浪人の身である。もうすぐ成人となるのに、なぜこんなに堕落した毎日を過ごしているのか、と時には反省することもある。
だが、どちらかと言えば、遊び惚けている方が多い。こんな自分が情けない。わかっていても、泥沼の中へどんどん堕ちて行く。人の顔を見るのも嫌気がさす。
殊に父親の顔は見たくない。香村良平が刑事だからという理由だけではない。と言って理由もわからないのだ。兄はすでに東京の有名大学を卒業している。
父は無言であるが、何かしら父からの圧力を稔は感じる。パチンコの玉の出が悪い、と言って、パチンコ台のガラスを握りこぶしでぶっ叩く時、そのガラスに映った自分の顔を見ると、なぜか父の顔を思い出す。
繁華街で飲み歩き、泥酔し、ふらふらと体がゆらぐ時、どうしてか父を思い出すのだ。
「親父のバカヤロウ! 糞たわけ!」
稔は吐瀉物を勢いよく、地面に叩きつけるのだ。稔は、小学生の時は非常によく勉強ができた。だが、中学に入ったら成績はみるみる下降した。
少しは勉強もしたが、夜遅くまでテレビを見たり、ラジオを聴いたりしていたからである。成績なんてどうでもいい、と思っているようだった。
父のギターを取り出し、ギャンギャン、ビュンビュン弾きながら、甲高い声で夜を通して唄っていることもあった。また、むやみやたらに玩具を買ったり、ジュースを買って飲んだりして、稔の部屋は、壊れた玩具とジュース缶で一杯だった。
そのくせ、親の注意には耳を貸さない。ある日のことだ。勉強もせず夜遅くまでギターを鳴らしていたので、香村良平は注意した。が、いっこうに言うことを聞かなかった。
すると良平は、いきなり稔の手からギターをひったくり、それで稔の頭を思い切りぶん殴った。ギターは二つに割れてしまった。破片が畳の上に飛び散った。
こんな経験のほかにも、稔には、忘れられないものがあった。中学校へ入ったばかりの頃だ。自分はバスケットをやりたい、と希望したが父は、
「お前の体は痩せて背が低いから、バスケットには向かない。卓球をやれ」
と押しつけられた。実は、香村良平は学生時代に卓球をやっており、腕に多少の自信を持っていたため、子どもにも卓球をやらせたかったのだ。稔は、卓球クラブで練習を積み重ねた。
しかし、父と試合をすると、正直なところとても歯が立たなかった。良平は最初のうちは負けていても、最後には必ず逆転した。子どもを滅茶苦茶に負かした。それが修練の場でもある、との思いからである。
稔は、それほど勉強らしい勉強をしなかった。それでも、運が良かったのか、もともと頭が良かったためか、名門の高校へ進学することができた。