時間
この若い男が新聞記者だということは、すぐに分かった。治療室のドアが開き、車イスに乗って出てきた患者を、肩越しに刺すように見た、あの知的な眼差し。手にしているノートとペン。見つめられて、大島は嫌な感じがした。
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「ちょっと話を聞かせてもらえませんか」
若い男は新聞記者だと名乗ると、不躾な質問を許して欲しいと断った上で、包帯が巻かれている足先を指差しながら、そのときの状況を矢継ぎ早に質問してくる。
「どんなふうにしてマムシに咬まれたのですか?」
車イスを押す看護婦の手が少しゆるんだが、大島は喋る気持になれなかった。まだ心が小刻みに震えていた。また新聞記者の声がしたとき、看護婦が耳もとで、心配しなくても大丈夫ですよ、と囁いた。母親のような優しい声だった。
「人間には、誰にだって失敗とか落ち度はあると思うの。でも同じ過ちを二度と繰り返さないためには、そのことをみんなに知ってもらうことも大切じゃないのかしら。これは決してあなたの恥じゃないわ。一つの事故だし、きっとみんなのためになると思うの」
そう言われれば、その通りだ。このまま死ぬこともないだろう。たとえ死んだとしても、このままじゃ浮かばれまい。大島の心が少し動いたのは、自分でも変だった。
その夜、大島は星空を眺めていた。町から少し離れたところで、その辺りは一面、だだっ広い田園地帯が広がっていた。遠くの山裾に、何軒かの人家の灯りが点々と見える他は、派手なネオンサインや街の灯りなど人工的な光は山肌に隠れて見えない。
頭上には夜空一面、満天の星空が広がっていた。月夜でないのが幸いした。北の空に北極星が見えた。真夏の時期にくっきり見えた北斗七星はだいぶ傾き、今では遠慮がちに七つの点をつくっている。
ギリシャ時代、視力のテストに用いられたという肉眼二重星、ゼータ星ミザールの伴星アルコルは目を凝らしてもはっきりしない。夜空をいっそう引き立てているのは、天頂付近の白鳥座である。
五個の明るい星々が十字の形をつくり、今にも羽ばたこうとしている。くちばしに当たるベータ星アルビレオは青白く輝き、尾のところのデネブも一等星らしく、ひときわ明るい光を放っている。
東の方には、W字型のカシオペア座が見えた。実に美しい光景だった。どこまでも静かで、かすかに虫の声が聞こえるだけである。大島は、時間の経つのも忘れ、うっとりと星空に見惚れていた。
多分、子供の頃から星空を眺めるのが好きだったと思う。星の一つひとつを教えてくれたのは父である。大島は教えられるままに星の名前を覚えた。そして父を喜ばせた。
ときどき父は難しい話もしたが、大島は古代エチオピアの王妃カシオペアが高慢の罪で天に吊されてW字型のカシオペア座になったとか、あるいはオリオン座とサソリ座が天球上で正反対の位置にあるのは、オリオンがサソリを大の苦手にしていたからだとか、ギリシャ神話のほうが好きだった。